ありがとう、坂本九さん

NYでは、レストランやカフェでも、 街角のデリ(日本でいうコンビニ的な個人商店)や地下鉄でも、どこに行っても音楽が聞こえてくる。

地下鉄の電車の中なんて、ポータブルスピーカーから大きな音を流してるお兄さんがいるし、街行く車からもクラクションの隙間をぬって様々な音楽が聞こえてくる。

いろんな国の文化が交わる街だからこそ、いろいろなメロディや言語の歌が入れ替わり立ち替わり聴こえてくる。インド人が働くデリやタクシーに乗ればインドらしいシタールのギャラランギャララン響く音が聞こえてくるし、メキシコ人が働くキッチンの横を通り過ぎればBGMはマリアッチとスペイン語のやりとりだ。アラブ系の人が運転するUBERではドライバーがアラビア語(?)でずっと誰かと電話してた。奥さんにアレやコレや言われてる感じだったんだけど、なんだか音楽みたいに聞こえてくる。

ある日。

地下鉄のホームで俺の隣に立ってたラテン系の男が、何かどこかで聞いたことのあるような歌を口ずさんでいた。なんとなく聞いていると、彼が歌っていたのが坂本九の『上を向いて歩こう』だとわかった。しかもカタコトの日本語だ!

日本で街を歩いてて『上を向いて歩こう』を口ずさんでいる人とすれ違ったことなんて一度もない。

それなのにNYで!

いろんな音楽が聞こえてくるNYだけど、日本の音楽が聞こえてくることはない。だから、この出来事は、なぜか、すごくうれしかった。

それ以来、事ある毎に頭の中で『上を向いて歩こう』が流れるようになった。

日本人で、アジア人で、唯一アメリカのビルボードチャートで週間シングル1位になった曲。もう50年以上も前のことだ。アメリカ人や世界中の人々に、日本語で歌を届けたことはものすごいことであり、誇るべきことだと思う。

よく知られている通り、アメリカでのタイトルは『SUKIYAKI』。アメリカのアーティストたちによって、何度もカヴァーされてきたし、哀愁漂う美しいメロディは現代の様々なトップソングにもエッセンスとして残っている。

なによりも、シンプルだけど、いつでも心にも沁み入るような哀愁漂う優しい歌詞。

なんでもないとき、なぜか頭の中に蘇る。夕暮れのブルックリンの空を眺めながら口ずさむと、なぜか小さく涙がこぼれる。

音楽は、自分の心に隠した感情を呼び戻してくれる。そうして、心に必要な栄養を与えてくれる。

何十年も時が経って、時代や生活スタイルが変わっても、名曲は名曲のまま。その感情や感覚は、俺たちの心の中にスッと溶け込んで大切なものを思い出させてくれる。国や文化が違っても、言葉にできない感覚はきっと伝わる。

NYでふいに聞こえてきた『SUKIYAKI』は、言葉を超えた音楽の優しい力を教えてくれた気がする。

ありがとう坂本九さん。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。