レトロな温泉街はテーマパークだった。長野・渋温泉に若者を集める仕掛け人たちの想い

これは、居ても立っても居られない。

昭和レトロな温泉街のイメージが強い、長野県・渋温泉に、最近若者が増えているというのです。でも、街を歩いてみても若者ウケするようなカフェや雑貨店が連なってあるわけでもないし、やっぱり至って「昭和レトロ」なのです。

 

理由を探っているうちに、この二人に辿りつきました。一人は歴史の宿・金具屋の九代目・西山和樹さん。そしてもう一人は、廃業した旅館をリノベーションで復活させた小石屋のオーナー、石坂大輔さん。どうやら、彼らが起こしている「風」も、若者が渋温泉にやってくる原因のようです。

金具屋の風、その1
【 しぶざるくん 】

©2018 ETSU MORIYAMA

金具屋、西山和樹さんの起こした風。まずは、「しぶざるくん」というマスコットキャラクターを作ったこと。以前、旅行会社の企画で、渋温泉の雰囲気を伝える地図を作った際、そこに描いたサルがかわいいと地元で人気が出て、のちにいろいろなグッズに展開していったんだそう。

 

ちなみに渋温泉は昔から「お猿の温泉」とうたっていて、初代しぶざるくんともいえるサルのキャラクターもいたんです。それが街中のマンホールに書かれたイラストで、現しぶざるくんと比べると、かなり、渋め。

©2018 ETSU MORIYAMA

より親みやすい雰囲気の現しぶざるくんは、今では街のあらゆるところで活躍。グッズになったり、まんじゅうになったり、街の看板に登場したり、お祭りの神輿になったり。新作グッズも決まっているそうですよ。お風呂に浮かべられるソフビ(ソフトビニール)の人形です。

©2018 ETSU MORIYAMA

ソフビの人形は、まず金型を作ってから製造されるのですが、昔はたくさんあった日本国内の金型工場も激減。今ではほとんどが海外で作られていて、作りが荒いものも多いそうです。和樹さんは、クオリティにこだわって国内の会社に依頼しました。

 

「昔からウルトラマンや怪獣のソフビで遊んできた人間としては、オリジナルのソフビ人形を作るのは夢だったんです。国内発注すると、最初から採算が取れないことはわかっていたけど、それでもよかったんです。夢だったので」

 

でも、試作品は子どもたちにとても人気があるそうですよ。銭湯ではアヒルのソフビがたくさん浮いたお風呂の日があったり、巨大なアヒルのソフビが港に入ってニュースになったりもしていますが、そういった絵になることを、いつかしぶざるくんソフビでも出来たらいいなと思っているそうです。

金具屋の風、その2
【 音泉温楽 】

©2018 ETSU MORIYAMA

このイベントを初めて知った時は、驚きました。金具屋では、毎年12月、「音泉温楽」という音楽フェスを、全館貸し切りで開催しているというのです。今年でなんと10年目。以前、静岡県掛川市のつま恋で開催されたap bankフェスに、渋温泉の良さを宣伝するためにやっていた「足湯出前」をしに行った時のこと。同じブースだった方から紹介されて繋がっていったのが、サワサキヨシヒロさんでした。

 

なんとこのサワサキさんが温泉マニアで、のちに渋温泉で温泉のコンピレーションアルバムを作ることに。浴槽や源泉の映像に曲を合わせたもので、その映像を金具屋の中でも撮ったので、発売イベントを金具屋でどうですかとなったそうです。ちなみに他のアーティストにも声をかけたら、思いの外集まっちゃったのでフェスにしよう、そんな流れ。でも、和樹さんはどうなるか予想ができなくて、戸惑ったと言います。

©2018 ETSU MORIYAMA

「温泉地に、はたして都会のクラブイベントに行くような人たちが来るのか? わからなかったけど、逆に言えばそういった人たちに、渋温泉のような古い温泉地に来て、畳敷きの宴会場で、浴衣着て座ってみんなで宴会というのを体験してもらうのも、新しいかなぁと思って」

 

若い人たちが、渋温泉に来るきっかけにもなるかも、と。実際、初回から毎年出演してくれているDE DE MOUSEさんやサワサキさんのファンをはじめ、それまで渋温泉では見たこともない人たちが来たそうです。

 

金具屋に入りきらないお客さんは、周りの旅館にお世話になりますが、その日だけはチケットを持っていれば金具屋にも入れて、音楽と一緒に地元の美味しい料理やお酒、クラフトビールを楽しむことが出来ます。周囲の飲食店を利用する人も多いので、街全体がお祭りみたいな雰囲気に。

 

「周りには、最初は何をやっているんだろう? って不思議がられたけど、音泉温楽のお客さんからも街に情報が伝わったりして、今では、周りの宿に泊まるお客さんも、その宿の常連さんになったりもして。初めからそうなるようにしたわけじゃないけど、結果いい形で街を巻きこめるようになりました」

金具屋の風、その3
【 シブニウミ画展 】

©2018 ETSU MORIYAMA

渋温泉を散歩すると、街のあちこちの外壁に海の生き物を型取ったボードが飾られていることに気がつくと思います。これは2016年の夏に開催された「シブニウミ画展」というイベントの名残り。

 

「世界を回遊してまた生まれたところに戻る魚たちのように、渋温泉と皆様を繋ぐ“ご縁”が、ずっと回り続けますように」

 

そんなコンセプトのもと、地元の人も観光客も、子どもも大人も、あらゆる人が参加して、街のあちこちに魚の絵を書いて飾ったのです。

©KAZUKI NISHIYAMA
※シブニウミ画展、開催当時の様子
©KAZUKI NISHIYAMA
※シブニウミ画展、開催当時の様子

中心メンバーは、以前和樹さんが主催する「渋響」というアートフェスで知り合ったアーティストの3人、TANAJIEMIさん、MAJIOさん、イワキリショウゴさん。そもそもは、渋温泉の通りを賑わす企画ができないかという話があり、それを、渋温泉旅館組合青年部で主催した「渋響」というアートフェスで知り合ったアーティストのMAJIOさんに協力依頼したもの。MAJIOさんが以前、地元青森で子どもたちに思い思いの魚の絵を描かせ、お祭りの時に飾る”ヤマニウミ画展”をやっていたのを思い出したのです。

 

「それを渋温泉でもできないかと相談したんですね。最終的に、みんなで作った魚は500匹くらいに。街の人たちの評判もよくて、イベントが終わっても外さないでくれって言われましたよ」

 

冬に雪が積もって倒れたら危ないので外してしまったそうなのですが、少しだけ名残りのものがまだちらほらと残っていて、外国人旅行者のInstagramの中にも度々登場しています。

金具屋の風、その4
【 新しいお風呂 】

©2018 ETSU MORIYAMA

最近、金具屋の中にある老朽化したお風呂を改装することになりました。そこのタイルアートを、イベントで知り合った縁で、TANAJIEMIさんにお願いすることにしたのだそうです。

 

「昔から好きだった銭湯の、タイルアートという文化をうちのお風呂にも残せないかと思っていたんです。でも職人さんが減ってお願い出来る人がいなかった。たまたまTANAJIEMIさんのInstagramを見ていたら、彼女がもともとタイルアート職人になりたかったのだということを知って、お願いしたんです」

©2018 ETSU MORIYAMA

取材時は、まさに改装作業の真っ只中。うっすら下書きのあった奥の壁には富士山が描かれ、床は舟形の浴槽に合わせ、泡立つ水面を石で表現するのだと言います。お湯に浸かると、葛飾北斎の浮世絵の中にすっぽりと入り込めるようなデザインになるそうですよ。

 

「同じようにお金がかかるんだったら、どこにもないものを作る方がいいかなと思って。浪漫風呂の扉のデザインも、自分でやりました」

©2018 ETSU MORIYAMA

長野県北信地方に伝わる民話「黒姫物語」をモチーフに、カラーグラスではなく、全部手作業で作った本物のステンドグラスを使用して作ったそうです。これを作ってくれた職人さんは、以前東京ゲームショーにステンドグラスで作ったファイナルファンタジーの画を出していた方。のちにパッケージになったものを見て覚えていたので、お願いしてみたんだとか。

 

「いろんな人と知り合って追究していくのが好きで。やってみるといろんなことがわかりますよね。ステンドグラスの世界も深かった」

 

きっかけがあればいろんなことに手を出してしまうのが悪いくせ、そんな風に和樹さんは言いますが、彼が手を出すことは基本面白いことになる、そんな印象です。

イベントをする意味は
「人との縁を作ること」

©2018 ETSU MORIYAMA

それに、結局自分がイベントをやる一番の意味は、お客さんの集客ではない、そんな風に和樹さんは言います。

 

「イベントをして、いろんな人たちの繋がりができることが割と重要なんです。だから、お客さんがそんなに来なくても気にはしてなくて。お客さんを呼ぶことを目的にしてたまに成功することもあるけど、続かなかったら意味がないし、それよりもその時に手伝ってくれる人の絡みで知り合いが増えて、新しい話になる(動きがでる)そういったことに意味があると思うんです」

 

誰かのためというよりも自分たちのため。でもその風は他の誰かにも影響し、渋温泉の盛り上がりに繋がっている、そんな感じです。ちなみに、DJとしての一面も持つ和樹さん。東京都内のイベントにも、「きゅうだいめ」として出演していたりして。ついでに廃業旅館の地下に音楽機材を揃えて、クラブのような秘密空間まで作ってしまいました。

 

「僕らはあくまでも“草DJ”です。テクニック的な高みを目指すんではなくて、草野球のようにみんなで楽しむ。機材を揃えたのも、バットやグローブのように、そこでみんなが楽しめるための道具を用意しただけですね」

歴史の宿 金具屋
住所:長野県下高井郡山ノ内町平穏2202
TEL:0269-33-3131
公式HP:http://www.kanaguya.com/
公式SNS:FacebookInstagram

小石屋の風、その1
【 新しい形の宿 】

©2018 ETSU MORIYAMA

さて、ここからは小石屋旅館、石坂さんのお話。小石屋は、元証券マンの石坂さんが、廃業した旅館をリノベーションして再オープンさせた旅館。旅が好きで、昔から宿業をやりたいと思っていたそうです。

 

「旅の途中、設備が整っている宿が必ずしも満足度が高いわけではなかった。ボロボロでも、宿の人のホスピタリティが滞在満足度に一番影響するんだなってわかって、面白いと思ったんです」

©2018 ETSU MORIYAMA

小石屋の宿泊形態は少し変わっていて、食事がつきません。老舗の旅館では食事付きの宿泊プランが大半を占めていて、そのスタイルに馴染まない外国人観光客も多いんだとか。1階にカフェを併設し、営業時間中ならいつでも好きなタイミングで食事ができるようにしたそうです。

©2018 ETSU MORIYAMA

また、お風呂はシャワールームのみ。希望者は、時間指定で近くの湯田中温泉の老舗旅館・よろずやや、山水閣の温泉と、渋温泉の外湯・3番湯が使えます。外国人観光客の中には、日本の文化を体験したいという人もいるけど、大勢の前で裸になることに抵抗のある人も多いそうで、どちらかを選べるようになっています。ドミトリーやグループタイプの部屋を選べば、宿泊代もリーズナブル。これまで渋温泉に少なかった宿形態を、小石屋が担っています。

小石屋の風、その2
【 悩み相談付きインターンシップ 】

©2018 ETSU MORIYAMA

人手不足の旅館と観光業に興味のある学生。石坂さんは、それを繋ぐインターンシップ制度も手がけています。

 

「学校の先生には、就職活動の時に役立ちますよって言うんです。今の若い子は別の世代とのコミュニケーションが足りない。そのことに一番最初に気がつくのが、就職活動の面接。せっかく能力が高くても、上の世代の前で話せなくて力が発揮できないことが多いんです」

 

その点、旅館の女将さんはコミュニケーションのプロ。都会における多くのアルバイトのようにマニュアルもなく、お客さんによって臨機応変に対応していかなければならない中、女将さんもビシバシ指導してくれると言います。

©2018 ETSU MORIYAMA

でも、石坂さんのインターンシップは、仕事だけじゃなくて勉強も遊びも取り入れたもの。事前に観光業に関わる色々な人の話を聞く勉強会をしたり、何かしらの遊びを入れるようにしたり。この夏は、サップの体験なんかも。日々の業務で出てくる悩みの吐き出し口としては、日報のアプリを導入。直接口で言うことが苦手な子も多いので、だったら書いてもらおうという作戦です。それを見て、「疲れた、休みたい」と書いている子がいれば、代わりに旅館にお願いして一日お休みをもらったりもするんだとか。

 

また、お客さんに感謝された経験が得られると、学生の満足度が高まるから、お客さんの前に出るような仕事も組み込んでもらうようにしたりも。「あなたでよかった」、そう言われると、嬉しさで号泣してしまう子もいるそうです。

 

「きついところがありながらも、やっぱり旅館業って楽しいんだぞって思ってもらえるようにしたいんです。もしかしたら将来、観光業に就職してくれる人がいたり、働かないまでも、この地のファンになってくれる人が増えればいいなと思っています」

小石屋の風、その3
【 老舗の助けになる 】

©2018 ETSU MORIYAMA

スノーモンキーで有名な「地獄谷野猿公苑」。渋温泉はそのお膝元なので、自ずと海外からの旅行客もたくさんやってくるのですが、困った問題も。老舗旅館では、英語対応がなかなか難しいところも多かったのです。電話に出て、相手が外国語をしゃべっていると、わからないと言って切ってしまうなんてことも。その状態はお互いに不幸だと思って対応を引き受けたり、予約客を帳簿につけて苦労していた宿に、もっと簡単な予約システムを導入したり。

 

「旅館の強みはホスピタリティ。そっちの方に自分たちのリソースをつぎ込んだ方がお客さんにとっていいと思いますよって言うんです。私たちは同じ土地にいるので、お客さんから近隣の交通事情や観光情報を聞かれても、答えられるメリットもありますしね」

©2018 ETSU MORIYAMA

街の人に話を聞き、飲食店が少ないと言うので宿の1階をカフェバーに。人が足らないというなら、インターンシップで助っ人を送り込み、予約システムがないならそれもサポート。そんな風にして、石坂さんは街を助けながら、街に受け入れられていったのかもしれません。

渋温泉に来たら
いろんな人と話してみてほしい

©2018 ETSU MORIYAMA

渋温泉に行ったら何をするべきか? という問いかけに、石坂さんはこう答えます。

 

「いろんな人と話してみたらいいと思いますよ。渋温泉は“昭和レトロな温泉街”というテーマパークで、旅館やお店のおばちゃんたちはキャストだと思ってもらえればいいと思う。話好きでいい人たちが多いので、おしゃべりしたり、世話を焼いてもらったり、都会で少なくなってきたようなことが味わえると思います。その代わり、捕まったらなかなか帰れないかもしれません(笑)」

 

小石屋1階のカフェバーで出している「りんごとチーズのピザ」を、志賀高原ビールのペールエールと合わせて食べること。こちらもお忘れなく。しばらく忘れられなくなるくらい美味しいですから。

©2018 ETSU MORIYAMA

人と絡むことで
街の深層が見えてくる

©2018 ETSU MORIYAMA

何も意識しなければ、気がつかないかもしれません。そこは、ただの昭和レトロな温泉街かもしれません。でも、少し目を凝らすと、面白いものがボコボコ湧いて見えてきます。それに気づくためには、人と話をすること。話した中からそれが見えてくるはずです。渋温泉には、和樹さんや石坂さんのように、面白いことを仕掛けている人がまだまだいるのかもしれません。

若い世代は、面白いことには人一倍敏感ですから。彼らはもう、この街の面白さを嗅ぎつけているのだと思います。

小石屋旅館
住所:長野県下高井郡山ノ内町大字平穏2277
TEL:0269-38-0311
公式ホームページ:http://yadoroku.jp/koishiya/
公式SNS:FacebookInstagram

Top image: © 2018 ETSU MORIYAMA
取材協力:渋温泉旅館組合