#5 兵役中に魅了された数秒の記憶――Jerry Galeries インタビュー

Vaporwave特集 #5

シンガポールのアーティスト・Jerry Galeriesは、角松敏生、山下達郎、JADOESといった日本のミュージシャンを敬愛している。その嗜好からも想像できる通り、いわゆるヴェイパーウェイヴの典型フォーマットには当てはまらない、シンセ・ポップサウンドが特徴的な音楽プロデューサーだ。

けれど、このムーブメントの視覚的魅力「Internet Aesthetic(インターネット美学)」からは、強い影響を受けているという。

きっかけは、兵役中に見たYouTube動画。ジャケ買いよろしく、一瞬にしてサムネイル画像に心を奪われたらしい。彼の心を掴んだのは、界隈では名作の呼び声高い、S U R F I N G『Deep Fantasy』のグラフィックだ。

 

 

 

――このジャケットに目を奪われたんですね。

 

そうだね。

2年前の兵役中、YouTubeのおすすめ動画にこの魅力的なサムネイルが表示された。

なんてかっこいいアルバムなんだ! って思って、聞きはじめて最初の数秒でもっていかれた。

ドローンでグリッチな音景、温かいネオソウルコード……。その感覚をなんて言ったらいいかわからないのだけれど、たまらなくなるようなクセになる音だったんだよ。

粒子の粗いリバーブとデジタルシンセサウンドが深く重なっていて、90年代半ばに感じていた、空っぽの複合商業施設で流れているような音楽の世界に引き込まれた。それが、最初の出会いだったね。

 

――どんな影響を受けましたか?

 

初期のヴェイパーウェイブ作品はかなり掘ったけれど、とくに影響を受けたのはアートワークだった。

ローポリゴン、クラシカルな石膏像、ヤシの木、日本語、それらに共通していた「Aesthestic(美学)」だ。

音楽的な実験性や、サンプリングといった制作技術、工程については、そこまで影響を受けていないかな。

 

――Jerry Galeriesとは、どんなプロジェクトなのでしょう。

 

 

ぼくの人生の時間やエネルギーは、兵役にかなりの部分を使われていて、許容量を超えているからなかなか新作の制作に力を注げていないんだけど、今は「Downtown Insomnia(ダウンタウンの不眠症)」をテーマにプロジェクトを進めてる。

これまでと同じく最重要視しているコンセプトは、80年代のオーセンティックな音波構造。それと、ソングライティングの工程にはとても手をかけているよ。

 

 

――シンセのサウンドと、エモーショナルな歌が特徴的ですよね。

 

 

アナログやFMのシンセサイザーだけではない合成で、いくつもの夢が重なっているような音景を呼び起こしたいんだ。オーケストラみたいな質感でね。そこに焦点を当てている。

次のリリースは、幸運なことに、Simon Yongや、Ariessa Koh、Saleha Jubir、素晴らしいアーティストたちが全力で協力してくれたおかげで、音楽がまったく新しいレベルに到達すると思う。

それに、Yamaha SY77や, Roland D-50、Korg M1を使っているから、実験的な要素もありながら、おなじみのサウンドフレイバーを感じることもできると思うよ!

 

――楽しみです。ヴェイパーウェイヴのサウンドとビジュアルのほか、ムーブメントに対してはどんな印象がありますか?

 

今でも定義は難しいよね。

でも、両義性や多義性というか、ひとつのものに相反する意味が含まれているところは、“売り”の部分だと思う。

 

――Neon Saltwaterというアーティストも、近いことを言っていました。常に変化しているから定義はできず、接続と分断が同時に起きているインターネット空間特有のおもしろさがあると。

 

ヴェイパーウェイヴの多様化は、本当に素晴らしいニュースだと思うんだ。

音楽的に見ると、サブジャンルは今、テープやレコードのコレクターたちが住む巨大なコミュニティのなかで見事に案内役を果たしている。それはマスマーケットの音楽消費の方法が、デジタルアクセスの増加によって大幅に変化したことを意味している。

今の時代、人々はレコードを最初から最後までスキップせずに座って聞きつづけられるほどの注意力を保てない。だからこそ、それが音楽プロデューサーたちに、アルバム制作とはどうあるべきなのかや、どうすればアーティストが考える文脈から外れずにトラックを繋げられるのかを再考させる、いいきっかけになっている。

カセットテープのリバイバルに対する貢献にも感謝している。その需要の大きさは信じられないレベルだよ。Discogsを見ればわかるけど、価格の高さはちょっと理解できないくらい。でも、それだけ価値があるモノとして認識されている証拠だよね。

 

――音楽、映像、アートワーク、ファッション、ムーブメントと、見る人の視点は多様ですよね。

 

ヴェイパーウェイヴが、今どう感じられているのかは、正直ぼくにはわからないけれど、最近知った人にとっても、きっと十分フレッシュなものだと思う。

音楽自体も文脈の外に出て進化してきているし、とくに「Aesthetic(美学)」と言われているビジュアル感覚は一気通貫している唯一の要素だとも思っている。

シーパンクというサブジャンルの影響や、イルカやヤシの木、FIJIのペットボトル水といったモチーフも、ファッション的には重要なものだと思うし、そこには、ノスタルジアな感覚を呼び起こすあらゆる要素が混在している。

ぼくを、90年代半ばに体験した幼少期の日々に戻してくれるし、80年代のポップカルチャーを日常に響かせてくれる。

 

――シンガポールではどう認識されているのでしょうか?

 

シンガポールにはないカルチャーだと思う。シティ・ポップは人気だよ。カジュアルなリスナーは、もっと情熱的なソングライティングに注意を向けるね。

最初の30秒でフックがなければ誰も興味を示さないし、4分以上は集中力が保てない。その点、ヴェイパーウェイヴはかなり厳しくて、シンガポールで受け入れられる見込みはないと思う。

ただし、インターネットカルチャーとしてはかなり嬉しい状況にある。コミュニティを繋ぐプラットフォームが無限にあって、様々な音楽の形態を理解できる関係性が築かれている。

 

――具体的にはどんなことでしょう。

 

YouTubeやRedditは、ヴェイパーウェイヴのサウンドと視覚的な要素である「Aesthetic(美学)」を融合させたし、そこで日本のポップスをたくさん知れた。

ぼくみたいなインディペンデントな音楽プロデューサーや、ソングライティングに多様性を求める人は、もっとオープンなものになって欲しいと思っている。

 

――そういった化学変化によって、どんどん新しい何かが生まれていく?

 

インターネット・ミュージックの未来は有望だと思うよ。

ぼくは、これまで以上にプロデューサーや作曲家が現実世界へ進出して、リスナーたちにフレッシュなパフォーマンスを提供できるようになるのを心待ちにしているんだ。

 

――ありがとうございました。新作のリリース、楽しみに待っていますね!

 

取材協力 Jerry Galeries
Top image: © 2018 Jerry Galeries
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