「法廷画家」が語る、事件と裁判、そして仕事について【後編】

世の中には、なんとなく耳にしたことはあっても、実際にどんな内容なのかあまり知られていない「仕事」が数多く存在します。そのひとつが、ニュースやワイドショーの事件報道でお馴染みのイラストを手がける「法廷画家」。【前編】に続き、法廷画家・榎本よしたかさんに、「法廷画家という仕事」と「事件・裁判の真実」についてお話を聞きました。

榎本よしたか

1977年生まれ、和歌山県出身。高校卒業後、インテリアメーカーに就職し、家具デザイナーとして活動。その後、フリーランスのイラストレーターに転身し、雑誌、広告、TV番組のアートワークなどを手がけ、2003年より「法廷画家」として各種メディアで活躍。日本イラストレーション協会(JILLA)所属。HP:http://yoshitakaworks.com/ ブログ:http://tokonokubo.blog.fc2.com/blog-category-1.html

法廷でしか知らされない「真実」に
いかに冷静でいられるか......

© 2018 TABI LABO

──法廷に入って、まず最初にやることは?

榎本よしたか(以下 榎本)「席取りです。白いシートがかけられている記者席以外は基本的に自由に座れるので、被告人の表情が観察しやすい席を取れるかどうかは重要です。裁判長の開廷の宣言があって、被告人が入廷した瞬間は、すごく集中するようにしています。殺人事件の裁判で、遺族の方が傍聴席に座っているときなどは、犯人が遺族の方を意識するのか、反省の表情を浮かべているのかなどを見逃さないようにします。これまで見た裁判のなかには、遺族の方に向かって“娘さんを殺してしまってごめんなさい”っていってる被告人もいましたよ……ごめんじゃねぇよって話なんですけど」

──事件の内容や被告人の振る舞いで、完成する絵に違いが出たりは?

榎本「いや、それはないです。法廷画家は、あくまでもカメラの代わりになるものだと思っているので、被告人が憎いあまりに醜く描いたり、事件の残忍さからくる動揺で絵のクオリティが変わるということはありません。でも、この仕事をはじめたばかりのころは、女性や子どもが標的にされた裁判は聞いていられないほどツラいものがありましたね」

──“聞いていられなかった”とは?

榎本「殺人事件の裁判では、殺害に至るプロセスなどが非常に細部にわたって明らかにされていくんですね。なかでも、女性や子どもが殺害された事件では、殺害前に筆舌に尽くしがたい暴力を受けているケースがままあって......。でも、その内容は、報道では一切語られない。亡くなった方の名誉を傷つける危険があるために、報道機関が自粛しているんですね。そんなふうに、裁判では報道されていない“事実”を聞かされることも少なくないんです。あまりに酷い内容の裁判を聞いた日の夜は、眠れないで過ごすなんてこともありました」

──なるほど。法廷画家の方は、そういったものへの“耐性”も必要である、と。

榎本「“耐性”という意味では、僕たち法廷画家だけでなく、裁判員の方たちにも心構えが必要だと思います。裁判員裁判になるのは、殺人や傷害致死といった重い事件の裁判なんですが、裁判員の方たちは、被害者の刺された傷口の写真なども見なくてはいけない。以前はモニターで傍聴席にも公開していたんですが、具合が悪くなっちゃう人もいて、今は裁判員だけが見るようになったんですね。それでも、僕が見た裁判では、いきなり奇声を上げて失神してしまう裁判員の方もいました。グロテスクな映像や文言は、耐性のない人には本当にキツいと思うので、事前にきちんとした説明は必要だと感じますし、了承した人だけが挑むべきだと思います。裁判員の人選にはそういうプロセスの改善が必要だと、個人的には思いますね」

デジタルツールを駆使することで
実現するスピードとクオリティ

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──法廷画はどのように描かれるのでしょうか?

榎本「まずは法廷内でデッサンをします。時間もないので、見たままをサーっと描いていく。使うのは、ごく一般的なスケッチブックです。僕の場合、サイズはB4。鉛筆はずっと4Bだったんですが、最近は6Bを使っています」

──色をつける作業は?

榎本「納品まで時間があるときは、自宅に帰ってきて、裁判所で描いたデッサンをスキャンしてデジタルで着色するんですが、法廷画家でデジタルで着色しているのは僕だけだと思います。使用しているのは、CLIP STUDIO PAINTというソフトです」

──ほかの法廷画家の方はどのように着色しているんでしょうか?

榎本「アクリル絵具とかパステルとか、着色の方法は人それぞれですが、水彩の人がいちばん多いですね。ただ、水彩だと絵の具を乾かす時間が必要になるので、私のように短時間で複数枚を求められる場合は不向きなんです。さっきも言いましたが、法廷画は写真の代わり。なるべく見たままを忠実に描きたいと思っているので、細部までスピーディに着色できるデジタルが最適だと思っています」

──裁判から放送まで時間に余裕がない場合は?

榎本「法廷内でデジタル機器を操作することはできないので、紙にデッサンをして、東京地方裁判所なら地下にファミリーマートがあるので、そこのマルチコピー機でスキャンをしたデータをUSBに保存して、パソコンで作業します。もっと時間がないときは、iPadのカメラ機能で写してApple Pencilで着色します。番組への納品は、自前のサーバーにアップしてURLをメールで知らせる形式をとっていますね」

法廷画家への道は
まず裁判に足を運ぶことから

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──ちなみに法廷画の単価は?

榎本「なるべく言わないようにはしてるんですが、1枚の単価は1万5000円~3万円くらいです。白紙の状態から下描き、着色、完成から納品までにかかる時間は約1時間ですが、描いたものがすべて採用されるわけではありません」

──法廷画家をやっていてよかったと思うことは?

榎本「ん~……別にないかなぁ(笑) イラストレーターにせよ法廷画家にせよ、頼まれて絵を描くのが仕事なので、そこに大きな違いはありません。でも、法廷画を通じて、それまで知らなかった司法の世界を知ることができたというのはよかったかもしれませんね」

──では、最後に、法廷画に興味があったり、法廷画家になりたいと思っている人にアドバイスがあればお願いします。

榎本「なんの仕事でも同じだとは思うんですが、“やりますよ”ってアピールすれば、なれる可能性はあると思いますね。東京地方裁判所は法廷に入るまえに荷物の検査があるんですが、ほかの地方の裁判所は普通にスタスタ入っていくことができるので、実際に法廷でスケッチして“私が描いたらこうなりますよ”っていうサンプルをウェブにアップしてみればいいと思います。もちろん、基本的な絵の上手い下手はあると思いますが、あとは興味があるかないか、そのための努力をするかしないかだけだと思います。毎日を平和に過ごしているとなかなか想像しないことかもしれませんが、窃盗とか不法入国罪とか薬物取締法違反の裁判は、日本中の地方裁判所で毎日やっているので、この仕事に興味のある方は、一度足を運んでみてはいかがでしょうか」

【前編】はこちら

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© 2017 Yoshitaka Enomoto
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TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。