伊勢の老舗食堂で社員一人あたりの売上を3倍にした若旦那の話

年間800万人を超える参拝客が訪れる『伊勢神宮』。その内宮前にある商店街『おはらい町』の食堂『ゑびや』とそのご主人が、今、注目を浴びています。

「僕は、つねに『自分はこうあるべきだ』っていう思いをいちばん大事にしています」──。

創業100年を超えるひなびたお店に最先端のIT技術と進化したAIを導入し、究極の効率化をはかることで、かつての3倍にまで売り上げを押し上げた手法と「望みを叶えるために必要なこと」をご主人・小田島春樹さんにお聞きしました。

小田島春樹

1985年、北海道生まれ。高校卒業後、日本大学商学部に入学し、マーケティングを専攻。大学卒業後、東京の大手IT企業に入社し、人事や新規事業開発を担当。2012年、妻の実家が営む『ゑびや』に入社し、店長、専務を経て、現在は『有限会社ゑびや』の代表取締役を務める。現在は、地域の課題解決を研究テーマに三重大学地域イノベーション学研究科の博士課程に在籍。

“地元”をもたない少年の未来を
照らしたインターネットという存在

© 2018 TABI LABO

──まず最初に、小田島さんのユニークな発想や高い実行力の基礎を築いたかもしれない、子どものころのお話から聞かせてもらえますか?

小田島春樹さん(以下略)「出身は北海道で、公務員の家庭に育ちました。だから、親の仕事の都合で、小さい頃から転校が多かったんですね。だいたい、4年周期で北海道内を転々としていました。コミュニティも友だちも、すべては4年でリセットされる。そんな環境で育ちました。だから僕には“地元”って呼べる場所がないんです」

──そんな環境をどう感じていましたか?

「その瞬間は寂しく思っていたかもしれません。でも、“地元”がない、土着心がない、土地に対して思い入れがないということは、良いようにとらえれば、どこに行っても対応できるということにつながると思うんです。今でも、新しいコミュニティに入っていくことに、なんの抵抗もないですし」

──なるほど。では、なかなかひとところに落ち着くことができず、深く付き合う友だちを作りづらかったであろう少年時代の小田島さんは、当時、どのように過ごしていましたか?

「小学校の低学年のときに『 Windows 95 』が発売されて、はじめて家にパソコンがきたんですね。それで、ゲームからはじまって、高速通信になるまえからインターネットを使うようになって......。周りに比べると、比較的早い時期にパソコンに触れる環境にあったと思います。しばらくして『ヤフオク!』ができて、ネットを使えば簡単に個人売買ができることを知って、身の周りのものを売ってはお小遣いを増やしてました(笑) 今思えば、このころの体験や思いが、現在の僕のものの考え方や行動の基盤になっているように思います、『興味があったら、まずは飛び込んでみる』っていう。そして、インターネットという存在が、それを可能にしてくれた。僕に“商売のおもしろさ”を気づかせてくれたんです」

先端をいく巨大IT企業から
創業100年の老舗食堂への転職

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──その後、北海道の高校を卒業して、東京の大学に進学されます。

「じつは僕、高校もほぼ通ってなくて、オークションで稼いだお金で派手に遊んだりしてたんです(笑) でも、心のどこかで『自分はこのままダメな人間になっちゃうのかなぁ』って不安を感じてて......。そんなときにテレビで、東京の有名なIT企業の社長の映像を観て、その発言や考え方に、ものすごく憧れました。それで決めたんです、『よし、俺はこの会社に入ろう。そのために東京の大学にいこう』って。高校2年生のときでした」

──「学校には通わず、派手に遊んでいた」といっていましたが、受験勉強はしていたんですか?

「まったく(笑) 僕の高校は、その後に進学した大学の付属校だったんですが、それから受験勉強をはじめても時間がなさすぎるし、効率が悪すぎる。だから、推薦をもらうための策を練ったんです。学校や先生に『今度のテストで、この科目だけは学年でトップになってみせるから、それがクリアできたら大学に推薦してほしい』って条件を提案して、そこだけに注力して、クリアする。その結果、ほぼ受験勉強はせずに、推薦をもらって大学に入学しました」

──高校生にして、大人や学校と交渉し、その条件を飲ませる......。なかなかタフな行為に思うのですが?

「これも小さいころの経験からかもしれません。さっきも言ったように、僕にはコミュニティがありませんでした。だから、誰かに頼ったりせず、自分で考えて行動を起こさなきゃいけなかった。『目標を達成するためには手段を選ばない』なんていうとちょっと大袈裟ですが(笑)、そこに可能性があるなら、全力で考えて、全力で努力して行動する──。これって、すごくシンプルな考え方だと、僕は思います」

──なるほど。その後、大学を卒業して、念願だったIT企業に入社されますが、4年ほどで退社され、現在の職場である三重県伊勢市『ゑびや』に籍を置きますね。その理由は?

「......あの、本当の話をするので、どう記事にするかはお任せしますね(笑) 『ゑびや』は妻の実家なんですが、伊勢神宮の“式年遷宮”(20年ごとに伊勢神宮でおこなわれる正殿、社殿などの作り替え行事)がはじまって忙しくなるときに、妻のお父さん、つまり先代の社長から『最近、体調が悪い。しばらく店を“手伝って”くれないか?』と。僕はそう記憶してるんですが、本人は『そんなふうに言った憶えはない』って......」

──つまりは「だまされた」と?

「いや、そうは言わないですけど(笑) ただ、そのとき勤めていた会社で自分のプロジェクトが軌道に乗ったので、その実績を引っさげて起業しようか、転職しようかって考えていた時期ではあったんです。じつはそれまで、妻の実家にはいったことがなくて、下見のつもりできてみたら......そこがものすごく時代遅れなお店だったんです。エアコンもなくて、真っ黒の業務用のテーブルが並んでて、レジもなくて、銭湯の番台みたいなところでおばちゃんがソロバン弾いてっていう(笑)」

──お店を見たときの素直な感想は?

「『これは、おもしろい』って思いました」

──「おもしろい」......とは?

「伊勢という知名度、マーケットの規模感、エリアの経済規模から考えて、商品開発やデザイン、マーケティングコミュニケーションを含めた経営のノウハウ、そしてITのソリューションをぶち込んで“改革”をすれば『イケる』と思ったんです。商店街そのものにも、すごいポテンシャルを感じました。『このお店が盛り上がれば、この商店街、そして伊勢全体が盛り上がる』、そう感じたんです。僕はもともと“東京一極集中”みたいなものに疑問をもっていて、ここで圧倒的な売り上げと高い生産性を見せつけて、もし伊勢初の上場企業なんかを作れたら、働く場所なんか関係ないということの一つの証明になるんじゃないかとも考えました。そこで『ゑびや』に入ることに決めたんです」

改革の第一歩は、
テクノロジーではなかった

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──創業100年を超える食堂『ゑびや』に入社し、小田島さんが着手した“改革”の初手は?

「従業員の教育です」

──ITやデジタルツールの導入ではなく?

「そのころの『ゑびや』は“サービス業”と呼べるものではなかった。“お客様にサービスの心をもって接する”という感覚が、完全に欠如していたんです。だから、まずはそこを正す必要がありました。僕は“対人間のサービスは人間にしかできない”と考えているので、そこは大事にしたかったし、最初にやるべきだと考えたんです」

──続いては?

「メニューの開発です。今でこそ『食べログ』で3.5を超える評価をもらっていますが、当時は2.86とか、3を割っていたんですよ。だから、料理も変えて、それに伴って食材の納入業者もすべて変えました。三重県中の漁場や養鶏場などを駆け回って『取引させてください』ってお願いをして回ったんです」

──『ゑびや』が様々なメディアで取り上げられるキッカケとなった、先端のIT技術や進化したテクノロジーのお話が、なかなか登場しませんが......。

「少し話はそれてしまうかもしれませんが、アメリカに『Amazon GO』という無人レジのお店があります。チェッカー機能は人ではなくAIがおこなうんですが、店内にはじつに多くのスタッフがいます。入り口でお客様を出迎える人、買い物用のバッグを手渡してくれる人、商品を説明してくれる人......。これは“人間同士のコミュニケーションの重要性”を考えて、意図的におこなわれていることなんだそうです。飲食にしろサービス業にしろ小売りにしろ、お客様は“人”です。人じゃなきゃいけない部分は人がやる──それが僕らの仕事の基本なんです」

売り上げを5倍に跳ね上げた
最先端のテクノロジーの数々

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──それでは『ゑびや』が導入している、革新的なデジタル技術をいくつかご説明いただけますか?

「1年ほどまえに導入したのが、監視カメラと交通量調査のシステムを組み合わせて、そこに画像解析AIを組み込んだものになります。お店のまえを何人が通り、そのうち何人が入店したかをカウントして、入店率を計算するものです。それをどう活用するかというと、たとえば、店頭にディスプレイがあるときとないときの入店率の差を割り出して、その数値にお店の客単価や営業日数といったデータを重ねることで、ディスプレイにかけられる金額が割り出せたりするわけです」

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──効果的に無駄なく予算がかけられる、と。

「その通りです。“効果的で無駄を出さない”という意味では、過去の売り上げ記録や天気、曜日、周辺のホテルの宿泊客数といったデータを収集・解析して、翌日の来客数やメニューの注文数を予測するシステムも、すごくに役に立っています。その日に必要な食材の量がわかれば、余らせることなく新鮮なうちに使い切ることができて、食材のロスもなくなる。ロス分は価格に転化されるものなので、お客様には料理を安く提供できるし、業者さんからは良い値段で買ってあげることができますよね。お客様の数と注文数が予測できることは、お店にも、お客様にも、業者さんにもハッピーなことだらけなんです」

──ちなみに、現在の予測の的中率はどれくらいなんでしょうか?

「90%以上ですね」

──90%!?

「はい、先日は100%を記録しました(笑) こういったシステムやデータを活用して生産性を上げていけば、結果として従業員に高いお給料を払えるようになって、人手不足も解消できます。もしくは、仕事をラクにしてあげれば、人も辞めなくなると思うんです。あ! そうそう、これまで1時間近くかかっていたレジの集計業務をすべて自動化したことで、作業にかかる時間がゼロになったんですが、その空いた1時間で僕らが何をやったかわかりますか?」

──様々なITツールを駆使して売り上げを伸ばしている『ゑびや』であれば、新しいシステムの開発......とか?

「いいえ、お店の“清掃”です。お客様に『この店、きれいだな』って体験をしてもらって、『また、きたいな』と思ってもらう。これこそが、お店の価値なんです。お金を数えるだけの行為は、なんの価値も生みません。僕たちの仕事は、どこまでいってもサービス業なんです」

「変えたい」と思う
気持ちを支えるもの、それは......

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──それでは、飲食業やサービス業を営んでいる「変わりたい」と思っている方にアドバイスをいただけますか?

「これからは、得意なことや、時間をかけなければいけないことに集中できる環境になると僕は考えています。『料理は得意なんだけど、財務とか経理は苦手なんだよね』という人には、得意な料理に精一杯向き合ってもらって、苦手で面倒な作業はITツールに自動でやってもらう。僕のように事業を経営していると、やらなきゃいけないことって山ほどあるんですが、そのなかでも、いちばん時間をかけなきゃいけないのが“人間同士のコミュニケーション”なんです。だから、そこに多くの時間をかけられるように、経営にITやテクノロジーを導入しました。でも、人間ってやっぱり、自分が知らない世界や知らないことに対して、なかなか入り込みにくい。『こうあるべきだ』とか『こうすべきだ』みたいな価値観にしばられてしまって、最初の一歩を踏み出すことができない。それはすごくもったいないことだと思います」

──そこから抜け出すには、どうしたらいいでしょうか?

「まずは“自分がどうありたいか”を思い描いて、それを実現するために何が必要かを考えること。僕の場合は『「ゑびや」を盛り上げたい。従業員さんに高いお給料を払ってあげたい』という思いが最初にあって、それを実現するための方法が、スタッフの教育や新しいメニューの開発であり、食材のロスを減らすためのITツールやAIの導入でした。『100年も続いた食堂にAI?』なんて、はじめのころはいろいろ言われたりもしましたが、僕が自分の考えや理想を貫けたのは、これまでにたくさんの“小さな成功体験”を積み重ねてきたからだと思うんです」

──小さな成功体験とは?

「4年に1度リセットされる環境のなかで人間関係を築くことにチャレンジし、少年時代からネットでお小遣いを稼ぎ、高校では先生たちに交渉して推薦状を書いてもらったり......(笑) この小さな成功体験の数々が、僕に挑戦することの大切さと自信をくれました。僕はよく若い子に言うんです、『まずは、バッターボックスに立て』と。そして『とりあえず、振り抜け』と。それができれば、必ず先に進むことができます。僕はそうしてきましたし、今の『ゑびや』があるのは、その結果でもあるんです。まずは、打席に立つことが大事なんです」

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Top photo: © 2018 TABI LABO