思い出のキス #09 「フってしまうはず、だったのに」

 

誰にだってある。思い出すと、ほのぼのしたり、なんだか恥ずかしくなったり、切なくなったり、涙がこぼれそうになったり。そういう特別な感情が生まれるキスのエピソードを、みなさまにお届けしていきます。

#09 「フってしまうはず、だったのに」

 

これは、カナダへ留学していた頃に付き合っていたインド系カナダ人の彼とのはなし。

全然わたしのタイプではなかったんだけど、熱いアプローチに根負けして関係がスタートした。

 

でも、1ヶ月ほど経った頃から彼の態度が急変。まめだったメールも面倒くさがって、毎日していた電話も不定期になり、ついにはわたしからデートに誘っても断られるようになった。

不可解な態度はしばらく続き、イライラが頂点に達したわたしは、ある休日、彼の家へ突撃することにした。

バッグには想いを込めた手紙を忍ばせて。

 

幸い彼は家にいた。中に入れてもらい、ベッドに隣り合って座った。すると彼は言った。

「僕と別れたいの?」

返答に迷った。一度何か言えば、感情にまかせて怒りをぶつけてしまいそうだったから。

「とにかく、これを読んで」

手紙を渡した。だけど彼は、

「これは読まないよ」

と言って、封筒を開けようともしない。こっちだって意地でも読ませたいから引き下がらない。「読んでよ!」「読まないよ」そんな堂々巡りを30分くらい続けた結果、彼はしぶしぶ承諾し、手紙を読みはじめた。

 

そしてじっくり読んだあと、こう言った。

「まだ僕と別れたい?」

 

心の中でガッツポーズをした。3ヶ月間の態度を後悔してもらうために書いた手紙だったから、狙い通りの反応をしてくれたことに優越感を覚えた。

「もう遅いよ」

その気にさせてフってしまうつもりだった。もう会わないでおこうと思っていた。

それなのに。

 

帰り際、彼はわたしの肩にキスをしてきたのだ。まさか、肩にされるだなんて想像もしていなかった。唇でもなく、頬でもなく、おでこでもなく、肩。

絶妙だった。「彼を悲しませたい」という復讐心は、心の中から一掃されてしまった。

 

協力:A.Y(25歳、グラフィックデザイナー)

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。