思い出のキス#08 「“ずるい男”を知った夜」

 

誰にだってある。思い出すと、ほのぼのしたり、なんだか恥ずかしくなったり、切なくなったり、涙がこぼれそうになったり。そういう特別な感情が生まれるキスのエピソードを、みなさまにお届けしていきます。

#08 「“ずるい男”を知った夜」

 

先生との出会いは、高校2年生の夏。
わたしが通っていた学校に、教育実習生として赴任してきた。

ある日、体育の授業をサボって友だちと更衣室でたむろしている場面を先生に見つかったことがきっかけで、わたしたちの仲は急激に縮まった。そして今でこそ安易だと思うけど、ノリのいい頼れるお兄さん的雰囲気にノックアウトされたわたしは、その時、まんまと恋に落ちてしまった。

 

連絡先を聞き出してメールをしたり、放課後にわざわざ先生のところへおしゃべりに行ったり、なんて、わかりやすくアプローチしていたから、先生はわたしの気持ちを知っていたと思う。

実習が終わってからも、たまに連絡を取り合った。わたしの一方的な進路相談に乗ってもらっていただけなんだけど、どういう形であれ、先生との関係が続いているだけでうれしかった。

 

そんなこんなで1年以上が経ち、大学受験も終わった頃。

まだ先生のことが気になっていたし、勇気を出してデートに誘ってみた。「進学が決まったよ〜お祝いして欲しいな!」と。そしたら先生は「進学のお祝いならしょうがないな」と、しぶしぶOKしてくれた。

 

当日。

オムライスが美味しいお店でディナーをしながら、わたしは、先生への正直な気持ちを打ち明けた。

「高校生の間、ずっと好きだったんだよ」

だけどこう言った後、あることに気づいた。

1年ぶりに会ってまだ変わらず好きだったら「付き合ってください」と告白するつもりだった。でも、多感な高校生にとっての1年はどうやら長すぎたようで、あの頃と同じ感情が蘇ることはなかったのだ。

とはいえ久しぶりの再会ではなしは弾み、あっという間に時間が過ぎた。

「今日はありがとうございました」

お店の前でわたしがそう言った時だ。先生がおでこにキスをしてきたのは。

頭の中が真っ白になった。「え?どういうこと?何のキス?」意味がわからなかった。だけど、先生の言葉でハッとした。

「ずるい男はこういうことをするから、気をつけてね」

わたしがこの先ずるい男に引っかからないように、先生は、身をもってずるい男を演じてくれたんだろう。最初から最後まで本気で扱ってくれなかったことに虚しさが込み上げてきて、その場で大泣きしてしまった。

 

協力:S・K(24歳、銀行員)

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