お花見で好きな人の気持ちを確かめる、ちょっと「ズルいゲーム」。

今週の祝日に、急ぎの仕事があり出勤していた私は、金曜日の仕事を早めに終え、職場からすこし足をのばして目黒川沿いを歩いていた。

両側から川を囲むようにして咲きみだれる桜をながめながら、「今週も無事終わったなぁ」なんてことを考えながら。

最近は、働きづめで疲れがたまっていたから、気づいたら桜が咲いていたという印象。お花見の予定は特に立てていない。

ピンク色の景色のなかをボーっと歩いていると、はらりと一枚の花びらが前髪の先にとまって揺れた。

「あっ」

指で花びらをつかむと同時に、頭のなかを駆けめぐったのは大学3年生の時の記憶──。

あの春、私は同級生で同じサークルに所属していた男友達と、大学の授業を終えた帰りにノリで花見をしにいった。

「川沿いのお店で優雅にロゼでものみたいな〜」と、半分冗談で言った私に、彼は「そんな金ねーよ」と一蹴した。

しょうがなく、私たちはコンビニへ行ってピンク色の飲み物(ほとんど入ってないと言っていいほど微量のアルコールが入ったカクテル)と、100均でプラスチックのグラスを買って公園にでかけた。

平日の午後ということもあり、周りは家族連れやお年寄りばかりだった。買ってきたレジャーシートを芝生のうえに広げると、珍しいものでも見るかのように彼らは視線を送ってきた。

私たちは最初、横に並んで座りながら飲み物をチビチビくちに運んだ。

会話という会話はほとんどなく、ほぼ沈黙だった。

いつもは学校で会うたびにちょっかいを出してくる彼が、その日はどこかよそよそしかった。その姿に、私も意識してしまっていた。

すこしして風が強くなり始めると、桜の木が揺れてあたりに花びらが舞っていった。子どもたちは、笑いながらピンク色の花吹雪を追いかけていく。

私は彼らを見ながら、顔にかかる髪の毛をかきわけていた。

すると、彼は自分のグラスに飲み物をついでこう言った。

「この中に花びらが落ちたら、あり得ないことが起こるってことにして、風が止むのをまつか、片づけてここを出るのとどっちがいい?」

「あり得ないことって?」

首をかしげて聞くと、彼は「例えば俺たちが付き合うとか?」と言い、いつも私をからかう時の顔を見せた。気のせいか、頬が桜にちかい薄ピンク色をしている。

「いいよ」

私はなぜか上から目線で返事をして、その“ゲーム”に參加することにした。それを聞いて、彼はグラスを私たちの真ん中に置いた。

私は内心ドキドキしながら、グラスの縁をながめていた。彼をチラ見すると、思ったより真剣な視線を送っていて驚いた。

しばらくたっても、花びらは落ちてこない。私はなぜか、ガッカリしていた。この気持ちがバレたら、彼はどんな反応をするだろう…。

すると、カラダが一瞬ぐらつくほどの突風が吹いた。

「わっ!」

私はすぐに顔を覆うと、指と指のあいだから、彼がグラスが倒れないように抑えている姿が見えた。反射的に、私もグラスに手をのばす。

その時、ゆっくり遅れて落ちてきた花びらが、私の爪の先に当たってグラスの中に入った。

『あっ』

私たちは、互いに声をあげて顔を見合わせた。

(これは入ったことになるんだろうか…)と考えていると、彼は「入ったね」とほほ笑んだ。

いつもはイジワルな彼がはにかむ姿に、私は不覚にもドキッとしてしまった──。

気づいたら、結構な距離を歩いてきていた私。

あれから、あの彼とは晴れて付き合うことになり、社会人になって彼が海外転勤になるまで一緒にいた。

懐かしくなって、SNSで近況を見てみると、赴任先のワシントンDCで咲き始めた桜を堪能しているようだった。

「せっかくだから、明日はどこかでお花見でもしようかな」

一年に一度の、春のおくり物。やっぱり今週末は桜を見にでかけよう。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。