コーヒーのあたたかさが残る、土曜日の朝。

私、レイカは渋谷のIT企業に勤めるOL。最近、職場に気になる先輩がいるけれど、なかなか声をかけられずにいる。でも雪の日の夜、自然と2人きりに…。

「もう帰っても良いって」

同僚のカナコの声でタイピングの手を止め、私はパソコンから顔を上げた。状況を把握しきれていない顔をしていると、「雪でまた電車が止まりそうだから社内で許可が下りたって、さっき部長が言ってたよ」と付け足した。

週末前には、先方に提出しなきゃいけない企画書があって、イヤホンをつけながら集中していたからまったく耳に入ってこなかった。

「早くしないと駅でまた足止め食らうよ」

カナコは早々に荷物をまとめて去っていった。

でも、目の前の仕事が終わらないと、どうにもこうにも帰れないのが現実。そりゃ、早く帰って温かい部屋でゴロゴロしたいよ…。

そんなことを考えていると、他の部署の人たちもぞろぞろと立ち上がり帰り始めた。でもまだ一部残っている人たちもいる。

数人しか残っていないオフィス。カタカタとキーボードを打つ音だけが響いた。

一時間ほど経った頃、ついに他部署の先輩が「お疲れさまでしたー」と軽快な足取りでオフィスを出ていってしまった。

時々残業で遅くなることがあるけれど、広いオフィスでひとりになると、なかなか寂しい。

あとひとり、残っているのは同じ部署の先輩だけ。

チラ見してみると、その先輩もパソコンを閉じているようだった。

どこかガッカリしている自分がいた。ふたりだけになった時点で、今日こそは仕事のこととかいろいろ聞けるかな、なんて期待していたから。

テキパキと仕事をこなして、人望が厚くて、上司からも一目置かれている先輩。入社してからずっと密かに憧れていた存在。

同じ部署に配属されてから、「悩みとかあればいつでも言ってね」と声をかけられていたけれど、「じゃあ」と言って素直に相談できるほど私は甘え上手じゃない。それに、先輩ほどの器用さもなくて、いつも目の前の仕事に忙殺されていた。

パソコンを鞄に入れて立ち上がったタイミングで「お疲れさまです」と先輩に声をかけてみた。

すると、なぜか「お疲れ」と言ってこちらに歩み寄ってくる。

(あれ?)

少し動揺していると、「ハイ」と言って先輩はコーヒーを手渡してきた。

「さっき買ってきたんだけど、結局飲まなかったから。あまり無理しないでね」

「ありがとうございます」

突然の優しさが心にしみて、それ以上言葉がでなかった。手に持ったコーヒーの温かさが手からじんわりと広がった。

次の日、土曜日の朝に目を覚ますと、ベッド脇に置いてあった昨夜のコーヒーのカップが目に入った。

まだ少し温かさが残ったそれを握りながら夜道を帰り、そのまま置きっぱなしにしてあったやつ。

ベッドのうえで寝ぼけながらボーっと見ていると、昨日の先輩の顔が頭に浮かんできた。

来週は、もっと話してみようかな。


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