クラフトビールでホップの里の危機を救う。岩手県「遠野醸造」の挑戦

2017年11月、取材のため岩手県遠野市を訪れた。

実は昔からの友人が遠野に移住し、この土地でクラフトビールをつくることになったのだが、彼らの取り組みの経緯やビジョンのユニークさに今、日本各地のビールファンたちから熱い視線が注がれていることを知った。

©2018 中村洋太

「Brewing Tono」の
ビジョン

ビールの主原料であり、味の決め手となるホップ。遠野は50年以上の歴史を持つ、日本随一のホップ生産地(作付面積で国内1位、生産量で国内2位)として知られている。

©2018 遠野醸造

しかし近年、高齢化や後継者不足により生産者が年々減少しており、かつて240戸ほどあったホップ生産農家も、現在では40戸弱しか残っていないという。

2016年、この生産者減少の課題に対して、行政、民間企業、ホップ生産者、ビール醸造家、そして地域の人々を巻き込んだ一大プロジェクト「Brewing Tono」が立ち上がった。遠野を、「ホップの里」から「ビールの里」にしようという大きな理想を掲げて。

©2018 遠野醸造

「Brewing Tono」が思い描く夢は、とれたてホップの香りに包まれながら、地元でとれた食材をホップ生産者や醸造家と囲んで、遠野産ビールで乾杯すること。

すでに毎年夏には、遠野で「ホップ収穫祭」も行われるようになった。最終的には、たくさんのマイクロブルワリー(小規模生産の醸造所)が遠野に生まれ、遠野産ホップを使った個性的なビールを求めて、日本各地から、そして世界中からビールファンたちが集まる町になる。そんなビジョンがある。

遠野産ホップで
「香る」クラフトビールを

大学時代からの友人である袴田大輔さんは、まさにこのプロジェクトの中核を担うビール醸造家として、遠野へやってきた。かつては熊本のユニクロで店長を務めていた男だが、学生時代の世界一周の旅でビール文化の豊かさに惹かれた。

クラフトビールへの情熱が彼を突き動かし、遠野でのプロジェクトに参画することに。半年間にわたる醸造研修を受け、2017年11月、仲間とともに「株式会社 遠野醸造」を設立した。

©2018 中村洋太

ぼくが遠野を訪れたとき、ちょうど遠野醸造のキックオフパーティーが開かれた。まだ自分たちのクラフトビールがない状態だ。決まっているのは、これからこの会場がブルワリーになるということと、2018年4月にブルワリーが完成するという構想だけ(下は内観イメージ)。

©2018 遠野醸造

それにもかかわらず、予想をはるかに超える120名もの人々が集まり、ホップ生産者さんや行政の方も含め、地域の方々から多大なる期待と応援を受けていことに驚きを隠せなかった。テレビ局の取材まであった。これは必ず素晴らしい取り組みになるだろうな、というイメージが鮮明に湧いた。

©2018 中村洋太

そのパーティーの中で、「Brewing Tono」プロジェクトに当初から携わっていた、キリン株式会社の浅井隆平さんからお話を聞くことができた。ポートランド視察で受けた衝撃が、この構想のきっかけになったと話していた。

クラフトビールの聖地とも言われるポートランドでは、ホップ生産者とブルワリーの関係がとても密で、ホップが収穫されるベストなタイミングに合わせて、ブルワリーがビールを仕込むそうだ。意外にも、日本ではなかなかそれができていないという。

「まだまだ日本のビールは大きく進化する余地があります。そして、ホップの一大産地である遠野でなら、生産者とブルワリーが一体となったビールづくりができるはずです。『日本でビールのことを勉強したかったら遠野に行け』といわれるようなビールの里になってほしいし、遠野醸造は、ここでしかできないことをやってほしい。ホップのショーケースのような役割を果たすと思います」

ぼくは1年前、「東京から京都まで、東海道五十三次を徒歩で旅しながら、ゴールまでに53種類のクラフトビールを飲む」という企画『クラフトビール 東海道五十三注ぎ』を行い、TABI LABOでも連載を書いた。

その旅で知ったのは、東京で巻き起こったクラフトビールの熱気が、今地方でどんどん醸成されているということだ。最近できたばかりというクラフトビールのお店が各地に存在していて、強いエネルギーを感じた。

しかしそれでも、ホップ生産者と密接につながっているというお店は少なかったように思える。一方、遠野には地の利がある。ホップ生産者と醸造家が密に連携を取れば、すごいものが生まれそうだ。きっと遠野は、日本のクラフトビール史において燦然たる歴史を刻むことになるだろう。袴田さんの目は輝いていた。

©2018 中村洋太

「現在は醸造設備の購入資金を集めるため、クラウドファンディングにも挑戦中です。遠野産ホップを活かしたクラフトビールをつくることはもちろん、町の拠点となるようなブルワリーをつくり、地域の人々だけでなく、たくさんの方と一緒に、新たなビアカルチャーを遠野で醸成していきたいと考えています。春には我々の最初のクラフトビールが飲めるようになります。ぜひこの素晴らしい土地へ遊びに来てください。遠野で乾杯しましょう!」

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