太宰治、川端康成、三島由紀夫——文豪たちの「愛してる」10選

高校生のときだった。母親と買い物に出かける前、支度を済ませて手持ち無沙汰だった私は音楽番組の再放送をぼーっと眺めていた。そして衝撃を受けたのだった。

《ジンジャーエール買って飲んだ/こんな味だったっけな》

くるりの名曲、“ばらの花”だった。

その歌詞を耳でキャッチして、高校生ながらに、その言葉が、「愛してる」というよりもずっと「愛してる」と言っていることが衝撃的だったのだ。そしていつか私も、いつものジンジャエールの味がわからなくなるような感情を誰かに抱くのだろうか——そんなふうに思った。

「愛してる」を日本語で表すと...

Photo by Nao Shimizu

「言わなくても伝わるじゃん」は危険かもしれないけれど、こと日本語、そしてこの風土が育んできたユニークな言語芸術においては、「愛してる」と言わないから伝わる「愛してる」こそ、尊いのではないかと感じる。なぜなら、そのほうが愛がもたらす喜び、悲しみ、孤独、葛藤、そして純粋性がいっそう際立つからだ——というのも、行間を読みたがる日本人の性質かもしれないけれど。

何にせよ、今は芸術の秋。日本語という言語芸術にふれるつもりで、『I Love Youの訳し方』(雷鳥社)から、10通りの「愛してる」を抜粋し、紹介してみたいと思う。

同作では、リルケやゲーテと言った外国人作家のものも掲載されているが、今回は太宰治、芥川龍之介から村田沙耶香まで、日本の作家によるもの選んでみた。あえて解説をつけないので、ぜひ自由に感じとってみてほしい。

01.
いやならば...

二人きりでいつまでもいつまでも
話していたい気がします。
そうしてKissしてもいいでしょう。
いやならばよします。
この頃ボクは文ちゃんがお菓子なら
頭から食べてしまいたい位可愛い気がします

——芥川龍之介 『塚本文子へ宛てた手紙』より

02.
誰かのものになれて...

さようなら。もうお目にかかりません。
でもすこしだけ、誰かのものになれてうれしかった

——江國香織 『ふりむく』(マガジンハウス)より

03.
世界なんか...

たったいま大事に思うのなら
あれこれあぐねて離れてしまうことはない、
世界なんかわたしとあなたでやめればいい、
そしてもう一度、
わたしとあなたでつくればいい

——川上未映子 『世界なんかわたしとあなたでやめればいい』(発光地帯/中央公論新社)より

04.
首をしめてもいい

先生、首をしめてもいいわ。
うちに帰りたくない

——川端康成 『みずうみ』(新潮文庫)より

05.
あなたをおもうたびに...

僕はあなたをおもうたびに
一ばんじかに永遠を感じる

——高村光太郎 『僕等』より

06.
消して行って...

もう一度お逢いして、その時、
いやならハッキリ言って下さい。
私のこの胸の炎は、
あなたが点火したのですから、
あなたが消して行って下さい。
私ひとりの力では、
とても消す事が出来ないのです

——太宰治 『斜陽』より

07.
思い出さないで

思い出さないでほしいのです
思い出されるためには
忘れられなければならないのが
いやなのです

——寺山修司 『思いださないで』(新書館)より

08.
たぶん、それよりずっと...

でも、好きって言いたくなかったの。
たぶん、それよりずっと好きだったから

——村田沙耶香 『しろいろの街の、その骨の体温の』(朝日新聞出版)より

09.
あなたがあまりにも

あの、ほんとに馬鹿みたいな話なんだけど、
いつも夢に出てくる女の人に、
あなたがあまりにも似てて……

——吉田修一 『女たちは二度遊ぶ』(角川文庫)より

10.
唯一の光り

僕はずっとあなたのことを思いつづけて来ました。
あなたがきっと元気で生きていて、僕のことを忘れないでいて下さると思うことが、暗い生活の唯一の光りでした

——三島由紀夫 『恋の都』(筑摩書房)より

Reference:雷鳥社
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