「自然が相手の仕事なら、一生続けられるかなって」——日本初のボタニカル・ブランデー作りに何を見る?

千葉県大多喜町にて、日本初のボタニカル・ブランデーを作る試みが始まっている。

2015年に閉園した千葉県立薬草園。その跡地を2017年春に引き継ぎ、 日本の良質なフルーツと、敷地内の植物などを原料に高品質なボタニカル・ブランデーを作ろうと開かれたのが『mitosaya 大多喜薬草園蒸留所』だ。

プロジェクトの代表は、2002年に本屋『UTRECHT』を立ち上げ、2009年からはアートブックフェア『THE TOKYO ART BOOK FAIR』の代表を務めた江口宏志さん。2015年にそれらを辞して、南ドイツの蒸留所へ修行に向かった。そして帰国後の2016年、蒸留所のオープンに向けて行動を開始した。

クラウドファンディングサイトReadyforでは、第一目標金額の1,000万円をクリアし、現在はネクストゴール、2,000万円を目標に奮闘している。知名度・注目度ともに高い同プロジェクトだが——そもそも江口さん、なんでお酒作りしてるんですか? 今回は、事業・運営全般のサポートを行うCOO、石渡康嗣さんにも同席してもらい、『mitosaya』にたどり着いた経緯からそのビジョンまで、5つの質問を軸に語ってもらった。

Q1.なんで千葉なんですか?

——さっきぐるっと園内を見させていただいて、この千葉県立薬草園跡地、とにかくすごく素敵だなと。ここでmitosayaを始められた経緯は?

江口宏志(以下、江口):ネットで探して(笑)。

石渡康嗣(以下、石渡):ははは。

江口:全国探してたんですけど、この場所が、いろいろな条件がそろっていたんです。

——条件というのは?

江口:住んでる場所と生産する場所、生産の原料となるものが作られる場所、すべて同じところでやりたかった。日本だとなかなか難しくて。すごくいいフルーツが作れる場所、いい住環境もあるんだけど、それが全部一緒にできる場所がなかなかないなって思ったときに、この場所ならできるなって。

——南ドイツへボタニカル・ブランデー作りの修行に行ったとクラウドファンディングのページで読みました。そこもそういう環境だったんですか?

江口:そう、まさにそういうところなんです。

——千葉の気候は、たとえば海沿いだと、潮風がミネラルを運んできて落花生にいいという話を聞いたことがあります。千葉の気候的な面でも、しっくりくるところがあった?

江口:来るときに、玄関のところにパッションフルーツの苗があったと思うんですけど。

——はい。

江口:パッションフルーツって南国の果物って思われがちなんですが、日本では、沖縄の次に千葉で多く作られてたりとか、九十九里にはバナナを作っているところがあったりとか。梨やみかん、びわなどいろいろなものを作っているのは千葉の特色じゃないですかね。

石渡:小学校の社会科でも勉強する「果物の豊富な県ランキング」、1位ではなくても千葉は上位に入っているというか。

江口:第2グループくらいでね(笑)。

——ボタニカル・ブランデーの場合、鮮度ってどのくらい関係してくるんですか?

江口:鮮度はとても大事です。やっぱり収穫した日に加工までしたいので。そういう意味では、千葉はすごく地の利がいいですね。大事な部分だと思います。

Q2.なんで本屋やめたんですか?

——江口さんは、書店『UTRECHT』の店主、『THE TOKYO ART BOOK FAIR』の代表をされていたこともあります。それをすべて辞めて、南ドイツの蒸留所『Stählemühle(スティーレミューレ)』に修行へ行かれたということなんですが、そのあたりの経緯を聞かせてもらえますか。

江口:要因はいくつかあると思うんですけど、本屋さんをやってきて、本の世界の文脈で理解できるようなことが当然あるんですね。たとえばデザインがいいとか、ストーリーがしっかりあるとか。クリストフ(・ケラー/『Stählemühle』代表)がやってるお酒作りは、そういうところから見てもすごくよくわかる——彼も本の世界の人なんで。

——出版社『Revolver』を創設された方ですしね。本がもつ文脈的なところからも共感できるもの作りをしていると。

江口:あとはやっぱり、飲んだときの体験。味にも驚いて——今までは頭で理解して、それを価値判断の基準としてやってきたけど、味覚で強烈な体験をして。それらが一緒になったときに力を持つというのが、僕には——こういうことがあるんだ、すごいなって。

——そこに感動して、クリストフさんに「弟子入りしたい」と。

江口:実際行って見てみるまではちょっと、わからないところもあったんですけど。でも「そういうことがしたいなあ」とは思ってましたね。

——実際行ってみたときはいかがでしたか。

江口:まわりの豊かな自然、古い家屋を現代的に改装した蒸留所などの環境も含めて、「こういうことがやりたいんだよなあ」ってすごく思ったんですよね。だけど——妻と一緒に行ったんですけど、僕はシャイなんで「けっこうよかったよねえ」「こんな感じ、最高だねえ」とか言って帰ろうとして、妻が「何しに来たの?」と(笑)。「言わなきゃ意味ないでしょ」って。まあ、そこで言わされたっていう。

——「言わされた」(笑)。直談判ということですね。

江口:そうですね。最初はあちらも「いやいや…」みたいな感じだったんですけど(笑)。

——クリストフさんは、弟子をとるつもりはなかった?

江口:最初はなかったと思いますね。でもそこからお互い、2年ぐらいかけて準備して。

——準備というのは?

江口:僕の場合は、その時点ではまだ本屋さんの経営もやってましたし、その引き継ぎだとかですね。で、自分でできる勉強はしたいなあと思って。自然のものから凝縮して取り出すというのが蒸留のおもしろさだなあと思ったので、サンフランシスコの『Juniper Ridge(ジュニパー・リッジ)』(※カルフォルニア州オークランドの香りのブランド。化学成分を加えず、樹木の葉や枝、野生のハーブなどの植物を自社工場で蒸留し、製品を作っている)に行って体験したり。クリストフはクリストフで、僕を受け入れるための場所を作ったりとか。

——どのくらいの期間行かれてたんですか?

江口:3ヶ月行って帰ってきて、しばらく日本にいて、また3ヶ月というような感じでしたね。

——あちらでの日々ってどういう感じなんですか?

江口:やることはすごく単純です。蒸留所の中に住んでいるので、起きたら『今日何する?』みたいな話をちょろっとして、秋は大体どこかに収穫に行きます。自分のところで栽培しているのは一部なので 、いろんなところに行っては、「これを採ろう」って。帰ってきたらそれを加工して発酵室に入れて——まあ、大体それで終わっちゃうんですけど、1日が(笑)。

——そういう日々のなかで、日本でもやろうと思い始めたのってどのあたりですか。

江口:僕としてはもう少しドイツで修行したいというか、そういう気持ちもあったんですけどね。クリストフがやってることをドイツでずっとやってもしょうがないし、自分でできることは何かなって思ったら、 日本の特色あるフルーツやボタニカルを使った蒸留酒作りだと思ったんです。クリストフも、日本で蒸留酒作りをやればヨーロッパでも評価されると思うし、「やったらいいよ」って後押ししてくれた部分もあって。

——それで、今ボタニカル・ブランデー作りにとりくまれているということなんですね。

Q3.なんでボタニカル・ブランデーなんですか?

——先ほど、本の世界の文脈と蒸留酒作りには似ている点があるとおっしゃっていて、そこをもうちょっと掘り下げていいですか。

江口:はい。

——江口さんもクリストフさんも、本に携わる仕事をしてこられて。本作りとボタニカル・ブランデー作りの共通点、もしくはボタニカル・ブランデー作りのほうが魅力として上回る部分があるのか——というところはどうですか?

江口:似てる部分は、すっごくいっぱいある。本作りは、たとえば写真家なら、写真をどういうかたちに束ねるのが最適解かというのを考える行為ですよね。それは紙選びかもしれないし、ページネーションかもしれないし、装丁とかデザインかもしれない——それの複合的なものだけど。結局その写真家にとっての写真が、 たとえば果実などの自然のものになったときに、どういう表現、どういう加工の仕方、どういう蒸留がいいのか、そしてどういうパッケージにしていくのか——っていうことを考えていく行為だと、僕は理解したんですね。それはすごく近い部分があります。

——なるほど。

江口:なおかつ、それを自然物を素材にするっていうのが、僕としては結構長くできる——長持ちするぞこの仕事は、と思って(笑)。

——生涯の仕事というか。

江口:やっぱり、僕が本を選ぶ仕事をあと30年できるかどうかって、結構微妙だなと思って。自分の感じる善し悪しプラス、売れるかどうか——当たり前ですけど、そういうことを常に考えてバランスを取りつつ、置く本を選んでいくんですよね。

——本好きな人からしたら——私もなんですけど、「UTRECHTの江口さん」っていうのはもう、やっぱりこれからも本に関わる仕事をしていくんだろうな、みたいに思っていて。今は、どこにいても誰でも、個人でも本を作れるし売れる時代だと思っているんですが、それでも蒸留家っていうのは、結構驚いたんです。

江口:誰でも本が扱えるっていう話は、ほんとにそうですよね。僕もずっと本屋をやっているなかで、本屋じゃない人のほうがいい本を選ぶというか、悔しい思いをするわけなんです(笑) 。

——そうなんですね(笑)。

江口:たとえば雑誌で「あなたの大好きな本を1冊教えてください」と訊かれたときに、本屋さんの僕が紹介する本と、登山家が「ヒマラヤに登ったときにリュックの中に入ってたこの本です」って言って紹介する本って、どっちが説得力があるかと言えば……もう全然違う。経験や実績に裏打ちされた一言に勝てることってなかなかなくて、それがすごく悔しくて。本を紹介するのに一番適した職業は本屋さんだと思っていたけど、実はそうではないというか。

——葛藤というか。

江口:そういうのをずっと見てきて、本を扱うにしても本屋さんじゃないやり方もあるなっていう。だから僕は別に本屋をやめたとは思ってないんです(笑)。本や編集の仕事は、継続してやっているので。

——いずれ自然を相手にした仕事を、と思い始めたのはいつごろですか?

江口:ずっと思ってたと思いますけどね。やっぱりそういう人とずっと接していて、そういうのいいなあと思いつつ……なんだろうなあ、難しいですね(笑)。本屋さんって、人に会って、絵や文章や写真を読んで、すばらしいと思ったことを外に向かって伝える仕事で。それを他人に共感してもらうまでが本屋の仕事。でも、それがずっと自分がやれることかどうかはちょっとわからないっていうか。60歳になったとき、今と同じ気持ちで20歳の人の描いた絵を『最高にカッコいいから見たほうがいいよ』って言えるかどうかは……。そういうことを、ダラダラ考えるんですよね。

——本の当事者って、結局はカメラマンだったり作家だったりで、本屋ではなくて。江口さんはボタニカル・ブランデー作りにおいて、「当事者」になりたかったってことですか?

江口:う〜ん……いや、お酒作りの作業はすごく単純でシンプルだし、そんな当事者って感じじゃない。写真が持ち込まれて本作るみたいなもんで、梨がやって来たから酒にするみたいな(笑)。やっぱり主役は自然にあるものっていうことだと思うので。

石渡:収穫してみないとわからない部分が多いですね。自然を相手する、かつそれをお酒にするという行為は決して簡単ではないです。

Q4.なんで木桶を使うんですか?

——クラウドファンディング、最初の目標額だった1000万円達成、おめでとうございます。

石渡:ありがとうございます、お陰様で。

——今はネクストゴールに向けて、引き続き支援を募集していますよね。これは、「木桶を使った醸造に取り組むための資金」ということで。ヤマロク醤油のプロジェクト「小豆島 木桶職人復活プロジェクト」の一環で、木桶を提供してもらうと。ヤマロク醤油とはどのようなつながりで?

江口:年明けに、国連大学で『発酵醸造未来フォーラム』というイベントがあって、一緒の回で登壇したんです。終わったあと、山本(康夫/ヤマロク醤油五代目)さんが『一緒にコラボしませんか』と。彼はやっぱり醤油桶というものを——もともと醤油桶って、お酒とかを作ったあとに活用されるんですね。

——へえ!

江口:お酒を作るということは、木桶にはけっこう負担が大きいんです。10年、20年経つとボロボロになる。それが醤油や味噌の木桶になる、そういう循環があったんですって、昔は。

——今は違うんですか?

江口:今はお酒の世界でもなかなか木桶を使わなくなって、醤油の世界になると今度は、1回使い始めると100年ぐらいもっちゃうんで、桶を作る後継者がいなくなっちゃうんですね。自分たちで作り始めたはいいものの、醤油の世界でいくら使い手が増えても次オーダーが来るのは100年後なんで(笑)、もっといろんな使い道を醤油桶自体に持たせたいと考えてらっしゃって、なんかちょっとおもしろそうなやつがいる、と。

——それでお声がかかって。

江口:来年作るうちの1個をさしあげるんで、それを使ってもらえませんかって。

——年間何個ぐらい作られるんですか?

江口:3つとかです(笑)。

——3つのうちのひとつ!?

江口:ひとつ200万ぐらいするんです。だから、けっこう責任重大で。どんどんPRしなきゃいけない(笑)。

——していきましょう(笑)。木桶、大きいじゃないですか(※直径約1.7m、高さ約2m)。

江口:大きいですよ。

——どこに設置するんですか。

江口:(建物の)中に。 ドアの間がちょうど3センチぐらいの隙間で、ほぼピッタリ入る予定なんで。

石渡:3センチあればなんとか入る(笑)。

——ちなみに、木桶をつかうことによる蒸留酒のメリットはあるんですか? ワインなら、木樽に入れている間に香りがついたり、色がついたりとかあると思うんですけど。

石渡:木樽と木桶は別のものですね。おっしゃる通り、木樽に入れて香りをつけるのは熟成のプロセスです。mitosayaで使う木桶は発酵のために使います。

——なるほど。

石渡:木桶による発酵は、管理上かなりチャレンジングなことです。 うまくいくかどうかもわからない。でもせっかくのいただきものですし、やらない理由を見つけるのが難しい。ノリも大事。

——どうなるかわからないけれど、すごく意義のあるチャレンジのように思います。

石渡:もしネクストゴールを設定するなら、運営上も何かにチャレンジをするべきと考えました。その象徴の一つが木桶による発酵だと思います。

Q5.なんで今「mitosaya」なんですか?

——生産的な計画としてはどうなんですか。どれくらいの量を生産して、どこで売って、というような。

石渡:まだ全然わかんないんです(笑)。

江口:わかんないのかよ(笑)。

石渡:仕事なので売る気はあります。ただ、高額なものでもあるので、売り手と買い手のミスマッチが起こるような売り方にはならないのではないかと思っています。つまり、本当に興味のあるお客様にわれわれのWEBサイトからご購入いただいたり、日本全国の良心的な酒屋さんで取り扱っていただき、お客様にもしっかり説明いただいたり。あとはバーだったり。

——信頼できる方がいるんですね。

石渡: 共感してくれる人は、どんどん可視化されているので。 世界のすでに市場がある国や都市への出荷は視野に入れています。

——最終的にどうしたい、というような計画はあるんですか?

石渡:春先までに何かプロダクトを出さないと今回ご支援いただいたお客様に失礼ということはありますけど、3年先、5年先となると特にない。銀行提出用の計画はありますが(笑)。

——ははは。

石渡: 本質的なもの作りをして、お客さまに楽しんでもらうことが一番大事かと。数字はおさえながらも数字を先行させない、ビジネスとしてのバランス感覚は最低限必要だとは思いますが。

——ボタニカル・ブランデーが今後日本でどうなっていくか、というイメージはあるんですか? 日本に限らず、世界でも。

石渡:そうですねぇ……。答えになっていないかもしれないですが、「生活」に関わることなのかなぁと。

——「生活」ですか。

石渡: 大量生産・大量消費でなければいけないという時代とは違って、価値をもったものを作ることができれば少量生産・消費でも十分暮らしていける。地方にはすばらしい自然があり、まだ手つかずの価値があると思います。その価値が容易に発掘可能になったとき、生活をすぐに変えることができるのかなぁ、と。なので、フルーツ・ブランデーが、ということでなく、新しい価値を見つけて世に送り出すということは、マーケットを変えるという小さい話ではなく、自分の生活を変えることであり、これから同じ志をもった仲間たちが増えることは日本を少しずつ変えていくことだと思います。

——ちなみに今、mitosayaに関わっている方々はどういう働き方をしているんですか?

石渡:もちろん江口さんはフルでコミットしているものの、僕もほかのパートナーの人たちもみんな本業があって、それぞれ自分のリソースを10%、20%かけてやっています。『全部やめてきました。よろしくお願いします!』みたいな感じではない(笑)。

江口:そんなん困っちゃう(笑)。

石渡:そうそう(笑)。それもひとつの働き方であり、生活です。

——逆に、そっちのほうが大人っぽいというか、そこに物作りの楽しみがあると思うし。今って選びの時代だと思うし、クラウドファンディングとかはまさにそうで、ユーザー側も自分の価値観でいいものを選べるようになってきていると思うし。

石渡: われわれは、おそらくすごく偏狭で頑固なものしか作り出せないと思います。ただ、おっしゃる通りでお客様の選ぶ力を信じて、こちら側が発信する力をつければいいだけなはず。

——その考え方や、そうして作り出す物に賛同してくれる人は、世界のどこかにはいるはずだから。

石渡:そういう意味では、mitosayaのチームは、発信に長けた人、ものづくりに長けた人、中和する人……いいチーム編成だ思いますね。それぞれのもっている力が活かせれば、作り出す物に賛同してくれる人のもとに適切な形でお届けすることはできると強く信じています。

Readyfor『元薬草園を改修して日本初のボタニカルブランデー蒸留所を作る!』は、9月15日(金)午後11:00まで支援を募集している。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。