「何もない」をプラスに変える。山梨の限界集落に人が訪れる理由とは?

どんな仕事も最初から好条件が揃っているなんてことはなかなかありませんが、そんな時に「環境が悪い」「タイミングが悪い」と考えるのではなく、マイナスをプラスに変える力が必要になります。

都心部から1時間半ほど車を走らせたところにある山梨県笛吹市芦川町。ここは、人口400人のうち50%以上が65歳以上という「限界集落」です。遊ぶ場所がない。仕事がない。だから若者がどんどん都会に出て行ってしまう。現在は町全体の約3分の1が空き家になっているのだといいます。

でも言い換えれば、空き家はたくさんあるということ。そんな「限界集落」という一見マイナスに見えるこの状況を、一つひとつ変えてきた女性がいます。

「空き家」を使って
遊ぶ場所と仕事を作ろう

今回お話を伺ったのは、古民家宿「LOOF」で「澤之家」と「坂之家」の2軒のオーナーを務める保要佳江さん。

この土地で生まれ育ち、東京の大学に行くために町を後にしたひとりです。大学時代は国際協力に関心を持ち、大学3年のときにアイルランドに留学。そんな彼女がなぜ海外ではなく、自分の地元に目を向けるようになったのでしょうか。きっかけは留学中にある人から言われた「まずは身近なことを変えないと、世界は変えられない」という言葉だったといいます。

ちょうどその頃に地元の芦川町が限界集落だということを知り、村おこしをしたいと考えました。

2014年にオープンした、兜造りの青い屋根が特徴の「澤之家」。

野菜のプロモーション経験が
「古民家宿」の経営に活かされる

保要さんは村おこしをすることを決意してからも、すぐには芦川町へ戻りませんでした。3年間「国立ファーム」という農業会社で「農家の台所」の店長を務めます。

そして芦川に里帰りした際に、リノベーションされた古民家を発見。都心からアクセスがよく、周辺には富士山や河口湖、石和温泉、勝沼ワイナリーなどの観光スポットがある。その強みを活かし、町に150棟以上ある空き家の古民家を使って宿をやるという構想へとつながっていきます。

それにしても国立ファームでの経験は、古民家宿の経営のどんなところに活かされているのでしょうか。

「今の仕事も、国立ファームでの仕事とそんなに変わらないんです。国立ファームは野菜にブランド価値を付けたり、農家さんをブランド化して、きちんと価値ある価格で販売するというプロモーションに力を入れていた会社。田舎も同じで、どんなお客さんにどう見てもらいたいかブランディングして、それに見合った宿のクオリティーと価格でお客さんに来てもらう。あとはスタッフをマネジメントしたり、数字を見たり、規模が違うだけで、当時の経験が全部そのまま活かされています」

持ち主の家財を片付け、柱と屋根以外はすべて解体。
「澤之家」の空間は、床を張り替え、新しい家具を入れ、見違えるように。

茅葺き屋根を眺めながら眠りにつける「くつろぎの間」。

保要さんが特にこだわったのは、囲炉裏を囲む「語りの間」。
掘りごたつにすることで、正座ではなく足を伸ばしてくつろげるように。

「何もない環境もいい」と
思うようになった

古民家再生は自治体によって補助金が利用できるところもあります。ですが保要さんは「失敗しても成功しても、自分のお金でやりたいから」と補助金は使わずに、自己資金と一部クラウドファンディングで宿泊券やイベントのチケットなどを特典に付けて資金を集めました。

「最初は、本当にお客さんが来てくれるのだろうかという不安もあった」そうですが、クラウドファンディングのリターンで宿泊券を選ばれた方や、掲載された雑誌を見た方などを筆頭に、お客さんが足を運んでくれたのだそうです。

Airbnb(エアビーアンドビー)やExpedia(エクスペディア)にも登録しているため、海外からも多くのお客さんが訪れるそう。

1軒目での経験を活かし、2軒目の「坂之家」では建築士の方は入らず、
保要さんご自身が内装デザイナーにアドバイスを受けながら
デザインや家具の配置などを考えられたそう。

押入れスペースを活かした「ひとりの間」はゆっくり本を読むのにぴったり。

宿が増えれば、雇用が増えて人が集まるようになります。澤之家を始めたばかりの頃は保要さんひとりでしたが、現在はスタッフが5人に増えたそうです。全国から「古民家宿を開きたい」という方が勉強のために引っ越してきて、働くことも多いといいます。

すでに近くの古民家を利用して一棟貸しの宿を始めた方もいるそう。保要さんは「LOOFと同じようなモデルを、他の地域にも広げて展開していきたい」と話します。全国にたくさんある限界集落からも、こんな新しい動きが生まれたらいいですね。

い草の香りが落ち着く「くつろぎの間」。

夏は縁側の前の庭でBBQが楽しめます。

冬は薪ストーブを焚くため、スタッフで薪を割った。
これで大体2年分くらいになるそう。

一度は「芦川には何もない」と東京へ出た保要さんですが、今は逆に「この何もない環境がいい」と話します。

現在は東京と山梨の両方に拠点を持ち、「ちょうどよいバランス」で田舎と都会を行き来しているのだそう。今年中には近くの古民家でシェアオフィス兼シェアハウスをオープンする予定です。

LOOF(澤之家・坂之家)

住所:〒409-3703 山梨県笛吹市芦川町中芦川559-1
料金:施設使用料20,000円 +サービス料金 6,500円(夕飯1食付き)/お一人様(税抜)
定員:1名様~10名様
問い合わせ:050-3786- 7025(10:00〜21:00)
予約:info@ashigawa.jp
※電話での予約は受け付けていません。

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