僕が、わざわざラグビーボールを持って登山をする理由。

僕は今、世界でたった1人の「ラグビー登山家」として活動している。

しかし、つい数ヶ月前までは「システムエンジニア」という、日本に数十万人いるであろう肩書きを持った、ごく普通の会社員だった。

オフィスは、日に日に豊洲新市場やオリンピック施設ができていく様を一望できる高層ビルの最上階。しかし、素敵な景色がすぐ横にあるにも関わらず、パソコンとにらめっこの毎日だった。

お昼は安定のコンビニ飯。出社して誰とも話さずに帰路につく日もあった。安定や収入と引き換えに、学生時代のラグビー熱や、バックパッカーで味わった煮えたぎる感情の起伏を感じることはなくなっていた。

30年後の自分が見えて
ゾッとした

「なんだこれ? オレが求めていた人生って、こんなんだっけ?」

この先の生活や仕事は、同じ部署の先輩たちを見れば、5年後、10年後、そして30年後まで一瞬で想像でき、それが自分の理想とは異なることに、言葉は悪いがある意味ゾッとした。というのも僕は、「誰もやりたがらないこと、危険な匂いがすること」、つまり安定とはかけ離れたものに興味を持ってしまう特異体質があるからだ。

自慢ではないが、青年海外協力隊応募時、当時経済が崩壊した直後でネガティブなイメージしかなかったジンバブエに手を挙げたのは、唯一僕だけだった。そんな人間が、安定を求めて定年までひとつの会社に居続けようなんて、思えるわけがない。8年勤めていたが、このタイミングで社会の「当たり前レール」から降り、自分が求める「オリジナルレール」を0から作り上げようと決めた。

きっと大変なんだろうけど、望むところだ。そんな思いで始めたのが、この企画だった。

選手以上に
泥くさく「トライ」をする

それは「ラグビーボールを片手に、世界の頂上にトライすること」。

企画にした理由は4つ。

 1:南アフリカ戦(2015年)での大番狂わせで起きた熱狂もつかの間、ラグビー熱が急速冷却されたわが国、日本。2年後の2019年にこの地で開催されるW杯に向けて、日本国民のラグビー熱を再燃させたい。

2:日本で開催されるラグビーW杯のエンブレムに、日本の頂上である「富士山」が描かれているから。世界の頂上にトライすることで、ラグビーW杯の日本開催を世界中の人に想起してもらいたい。

3:日本で開催されるラグビーW杯に日本らしい「粋な」価値を付け加えたい。オリンピックの聖火リレーに代わるものが、ラグビーW杯には存在しない。この世界三大イベントを盛り上げるためにも、世界を股にかけた壮大な催しをするべきであると考えたため。

4:20カ国の頂上決戦であるラグビーW杯前に、「20カ国の頂上に先にトライしてしまおう」と思いついたから(恥ずかしながらこれは、少しネタっぽい理由である)。 

高層ビルから、ラグビーW杯が開催されるまでをただ待つのではなく、現役の選手以上に地べたを這いずり回るかもしれないこのスタイルで、ラグビーW杯を盛り上げようと思ったのだ。

忘れていた
情熱とアドレナリン

海外のバーやメシ屋でこの企画を説明すると「お前、アタマおかしいんじゃないのか?」と、酔っぱらいに絡まれる格好のネタになった。それでも、企画の話をすると、誰もが「笑う」か「驚く」か「心配する」か、いずれかの反応を示してくれたこと。これがモチベーションUPにつながった。

あまりにも不可思議な挑戦なので、「一体何のためにやるのか?」と、理由が知りたくてしょうがなかったようだ。思っていたよりもみんなの食いつきはよく、やはりこのプロジェクトは世界で戦える企画だと、僕は再確認した。

「あー、こういうことから遠ざかっていたんだ」

日本にいたときは、知らない人とここまで打ち解けることなんてなかったという事実に気付いて、ハッとした。それと同時に、世界のみんなもこの企画に何かしらのリアクションをしてくれたことに、アドレナリンという脳汁が滴るのが分かった。

ラグビーボールのせいで
毎回、登山家に絡まれる

ラグビーの試合がそうであるように、常に腕の中にボールを抱えて登頂する。どんなに両手が使いたくても、片手には必ずラグビーボールだ。だからこその「ラグビー登山家」である。

また「可能な限りラグビーのルールに基づいた山登り」をすることにも決めた(ノックオンなどの難しいルール設定については、また別の機会に紹介したい)。

そしてついに、登頂チャレンジを開始。いざ登ってみると、片手が塞がるのは予想以上にしんどかった。すでにこれまでいくつかの頂上にトライをしてきたが、同じタイミングで登っている登山家、下山してくる登山家には救われた。

なぜなら彼らは、ラグビーボールを持って登っている僕を見て、ツッコまずにはいられないからだ。抱えている理由を伝えると、8割方大笑いされる。残りの2割は「このアジア人、大丈夫か?」と本気で心配してくる。

僕は毎回、登山家に絡まれる。なかなか前に進めないが、ラグビーのこと、2019年に日本で開催されることを知ってもらうにはこれでいい。一緒に写真や動画を撮って「SNSにあげておくよ」と言ってくれる外国人もいる。狙い通りだ。僕がラグビーボールを持っていなければ、こうしたコミュニケーションを交わすこともない。単にすれ違うだけだ。

イングランドの最高峰であるスコーフェル・パイクのアタック中も、案の定テンションの高い登山家たちに、笑いながらこう尋ねられた。

「Why do you have rugby ball !?(なぜラグビーボールを持っているんだ!?)」

「ラグビーW杯より一足先に、イングランドの頂上にトライをするためなんだ」と説明すると、そのジャパニーズユーモア(本当なのだが)が気に入られた。

そして意気投合した彼らと一緒に、パスを回した。ラグビーボールさえあれば、国籍も何も関係なく、みんなと打ち解けられた。孤独な登山が「エンジョイ山登り」に変わった瞬間だった。ボールを持って登山することで、海外の人とも簡単に友人になれることを初めて知ったできごとだった(日本で会社員をやっていたときも、ボールを抱えながら仕事をしていたら、もっとコミュニケーションが生まれたのでは? と、一瞬頭をよぎったほどだ)。

これまでの「戦歴」はざっとこんなところ。今春2ヶ月に渡ってトライを決めた山々だ。

・トーレ山 1,993m(ポルトガル、W杯出場1回)
・ムラセン山 3,479m(スペイン、W杯出場1回)
・スコーフィール・パイク 978m(イングランド、これまでフル出場)
・スノードン山 1,085m(ウェールズ、これまでフル出場)
・ベン・ネヴェス 1,344m(スコットランド、これまでフル出場)
・キャラントゥール山 1,038m(アイルランド、これまでフル出場)

ちなみに、フランスとイタリアの最高峰・モンブランは、一度挑戦するも雪崩の恐れから下山。7月中頃に再度チャレンジ予定である。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。