挑戦的で実験的。「ビバップ」から考えるジャズのアドリブの楽しみ方

ジャズって、なんだか難しい音楽だと思いませんか?とくにそう感じさせる要因のひとつがアドリブ(即興演奏)。スタンダードナンバーやスイングは分かりやすいのに、このアドリブが多用され始めたモダンジャズ以降はさらにジャンルが細分化され、どう聴いていいのかわからない…なんて人も多いかもしれません。

じつは、モダンジャズがややこしくなった原点には「ビバップ」がありました。漫画『BLUE GIANT』にも主人公の大がアドリブで演奏するシーンが数多く登場しますが、大が友人から初めて聴くジャズとして勧められたレコードの一枚が、「ビバップ」の生みの親のひとりと言えるチャーリー・パーカーの『ナウズ・ザ・タイム』だったことにも、つながっているのかもしれません。

そんな紆余曲折あり少々難解なジャズの歴史について、とてもわかりやすく解説してくれるのが、油井正一さんの著書『生きているジャズ史』。「ビバップ」を攻略して、奥深いジャズの世界を楽しんでみては?

スイングにはもう飽きた?

ビッグバンドによってあらかじめ決められた旋律を奏でる「スイング」は、1930年代にジャズの主流となりました。しかし1940年代に入ると「スイングはもうお腹いっぱい」というミュージシャンが出てきます。スイングから脱却し、もっと自由な音楽を求める動きが出てきたのです。その欲求からビバップが生まれました。

もっと厳密にいうと、「自由を求める」というよりは、元来のジャズのような即興演奏で自己主張をしたくなったのです。一説によるとビバップは、ニューヨーク・ハーレムのクラブで夜に店が終わったあと、有志のジャズミュージシャンたちが始めたセッションから生まれたそうです。

挑戦する音楽、ビバップ

ビバップは、曲の主旋律よりもアドリブを重視しました。また、大編成のバンド形態が多かったスイングに対し、2~3人と小編成のバンドで演奏されます。先が読めない激しいコードチェンジの演奏を行うため、時には元の曲がまったくわからなくなるほどのアレンジになってしまう場合もあります。

アドリブは次に何が起きるかわからないスリリングさという、挑戦的かつ実験的な側面を持つため、成功することもあれば失敗も多いのも事実。また、ダンスミュージックなどに馴染んだ人からするとアバンギャルドすぎて、「ミュージシャンの自己主張を聴くだけだ」という批判もありました。

そんなアドリブ・プレイを駆使した演奏で、今日のモダンジャズの源流となる「ビバップ」を作り上げたのがチャーリー・パーカーです。

ジャズを芸術の域にまで高めた
チャーリー・パーカー

サックス奏者、チャーリー・パーカーの全盛期は1945年~1948年とされています。ジャズ評論家の油井氏はチャーリー・パーカーを「傑作があるかわりに、失敗作もある。こういったムラの多い芸術家は、往々にして前人未踏の境地を探求しつつあるひとです」と評しています。

チャーリー・パーカーが天才とされる理由は、その高い演奏技術はもちろんですが、ハーモニーのひらめきに優れていた点にもあります。ただし油井氏も語っているとおり、パーカーが残したレコードは新しい音楽へ挑戦する気迫に満ちているものもあれば、聴く人をがっかりさせる様なものもあります。

パーカーは若い頃から酒と麻薬に溺れており、また、精神疾患や胃潰瘍も抱えていました。時には泥酔状態でレコードを録音したこともあったそうです。そんなパーカーは不摂生がたたり、心不全のため35歳という若さでこの世を去ります。

音源が残されていなくても
モダンジャズの基礎となった

残念ながら、パーカーをはじめとするミュージシャンたちが、ビバップのリズムを試行錯誤していた当時の音源は残されていません。というのも1941年から太平洋戦争による原料不足で、2年近くもレコードが録音されることがなかったからです。そのため、音源を元にして、スイングからビバップまでの変遷をたどることはできません。

しかし、ビバップで生まれたハーモニーやリズム、フレイジングは、その後のジャズに影響を及ぼし、モダンジャズの源流ともなりました。

アドリブは
元ネタを知っておいたほうが
断然楽しい

アドリブがあるジャズが分からないという方は、まずはスタンダードナンバーがビバップを始めとするモダンジャズによってどういう風にアレンジされているのか、色々聴き比べてみると面白くなってくるかもしれません。そうすれば――そんな楽しみ方ができるようになるはずです。

アドリブには、演奏者の個性が出ます。もしレコードを聴いてるだけでは物足りなくなってきたら、ぜひライブに行ってみてください。ライブでは一期一会のアレンジを楽しめることができますし、そうなればもう、あなたはジャズに首ったけになっているはずです。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。