先進国に現存する地上最後の楽園、クリスチャニア。世界一非常識な場が挑む人類の一大実験とは?

世界一好きな場所がある。

名前は、クリスチャニア(Christiania)。

その理由は「大麻が吸えるから」ではない。僕が知る中で「最もピースな場所だから」である。

「違法な大麻」と「平和な空間」。一見相反するように思えるかもしれない。ルールは必要最低限しかなく、人間と同じように動物も自由。それなのに、全体としてなんとなくピース。社会としてもしっかりと機能している。クリスチャニアでは、僕らが培ってきた“常識”はもはや通用しない。そう、ここでは人類の一大実験が行われているのだ。

「ラブ・アンド・ピース」と言うと人は笑うだろう。「甘い」「現実を見ろ」、ジョン・レノンやボブ・マーリーが歌い、ガンジーやキング牧師が動いても世界は変わらなかったじゃないかと言うのかもしれない。でもその前にクリスチャニアの存在を知って欲しい。

01.
地上最後の楽園
クリスチャニア

クリスチャニアは、デンマークの首都コペンハーゲンのほぼ中心に位置する自治区。人口約1,000人、面積約34ヘクタールという、町というより小さな村のような場所。運河と小さな湖に挟まれ、木々が青々と生い茂る。都心部とはまったく異なる、ゆったりとした時が流れ、人々は好き勝手、思い思いの時間を過ごす。

クリスチャニアの一番の特徴は、アムステルダム(オランダ)、イビザ島(スペイン)と並んで、ヨーロッパに現存する有名なヒッピーコミューンであること。デンマーク政府から独立したルールで社会がまわり、強力な自治権とともに独自の国旗や国歌さえも持つ。その一方で、市民は政府に税金を納め、他の国民と同様の手厚い社会福祉も受ける。そんな不思議なダブルスタンダードによって成り立つ。

もともとは軍の施設として利用されていたこのエリア。1971年に軍が移転し、政府がこの地を人々に開放すると、ヒッピーたちが自由を求めて住みついた。住人は独自のルールに基づいて自治を行い、なかにはデンマークでは違法とされている大麻を吸う者も現れた。その後、政府の取り締まりに反発してこれまで数々の衝突を繰り返し、近年は落ち着きを取り戻している。

「大麻を吸う人がいて、政府とも衝突しているなんて危険!」字面だけ追えば、たしかにそうなのかもしれない。しかし、実際にマリファナが売買されているのは、クリスチャニアのほんの一部。何より、デンマークは世界で2番目に平和であることを忘れてはならない(記事はこちら)。

クリスチャニアは日本ではそれほど知られていないが、世界的には「超」がつくほど有名な観光名所。クリスチャニアに訪れたいがために、はるばるデンマークに来る人も少なくない。そんな場所が危険なはずはなく、むしろとても平和。それはなぜなのだろうか?

02.
ルールはなくても
ピースは成り立つ

クリスチャニアの何がすごいか。それは、ルールがないに等しいこと。主なルールは3つしかない。

「暴力禁止」
「ハードドラック禁止」
「自動車通行禁止」


すでにこれだけで面白いクリスチャニア(笑)。暴力反対、マリファナ以外のハードドラックはダメ、警察を敷地内に入れないための自動車通行禁止と、ヒッピーらしさがにじみ出ている。

他にもいくつか変わったルールが。

「犬を鎖でつないではいけない」
人間と同じように犬の自由も尊重される。

「落書きOK」
クリスチャニアにはいたるところに落書きがある。しかもすべてが例外なくとてもクリエイティブで、見ていてハッピーになるようなものばかり。

さらに、「武器禁止」「防弾チョッキ着用禁止」「花火販売禁止」「盗品禁止」などがあり、とてもユニーク。

もう一つ忘れてはならないのが、大麻販売区域(Green Light District)で厳守しなければならない3つのルール。

「Have fun」
「Don’t run」
「No Photos」


物騒だから走らないでね、一応違法だから写真は取らないでね、でも少なくともここにいる間は人生を楽しんでね! これがクリスチャニアである。

03.
ウチソトのない
不思議な日常

ルールが少ない無法地帯では、どんな人々が暮らしていて、どのような生活が行われているのだろうか?

まず中を散策してみて驚くのが、家がとてもおしゃれであること。たとえば、日本の家を想像すると似通った家が多い印象だが、クリスチャニアの住人は自分の手で好みの色や形に作り込み、どの家も自己主張が激しすぎるほど個性に溢れる。

家について驚くことがもう一つ。とにかく境界線が少ないことである。どの家のカーテンも全開で、家の中が丸見え状態。なんとドアまで開けっ放しにしてある家もかなりある。その住人は、行き交う通行人を気にも止めず、柵のほとんどない庭でお茶を飲んだり、道端で友人たちと酒を片手に楽しそうに話し込んでいる。

「ここではどうしてこんな解放的なのか?」と住人に話を聞いてみた。すると、「だってクリスチャニアは安全だし、別に見られて困ることもないしね。家に鍵をしなくていいならしない方がみんな気持ちよく生きられるよね」と。土地があれば誰でも住むことを申請できるのもまたクリスチャニアのユニークな特徴。クリスチャニアは内外ともに、誰にも開放されている。

クリスチャニアの住人は平日の日中は普通に働いている人が多いのだという。だから、長い髪を編み込んで、ダラっとした服を身にまとった、いかにもボヘミアンな人は少数派。むしろ「フツーな人」がほとんどだと言える。その一方で農業をする人もいたり、馬を持つ家もある。また、人々の憩いの場として愛されているため、休日は外部からの人々で溢れかえる。もちろんマリファナを吸うことが目的の人も少なくないが、ランニングをしたり、水辺でピクニックをする人が多い。

04.
クリスチャニアという
現代アート

裸で散歩をする人、馬に乗って移動する住人、物珍しそうにキョロキョロする観光客、首輪のついていない動物、自然が織りなす緑と青の美しいコントラスト、境界線の曖昧な住宅、どこまでも広がる独創的な落書き、漂うマリファナの強烈な香り。ルールがなければ秩序もない。カオスとまで言えるのかもしれない。

それなのに、クリスチャニアにはいつでも、あの透き通った空気、ゆったりとした時間の流れ、人々の自由さ、ハッピーな雰囲気、居心地の良さがある。国籍も肌の色も、信条も、肩書きも、人間とか犬だとか、生き物だとか自然だとか、あらゆる概念やラベルが剥ぎ取られ、場が存在すべてをありのままに肯定し、やさしく包み込んでくれる。

ルールや秩序がなくても社会は成り立つのかもしれない。むしろ、あらゆる制限や分割がない方が、かえってピースな空間を作り出せるのかもしれない。その可能性をクリスチャニアは示している。

しかも、クリスチャニアがデンマークという先進国に存在していることを忘れてはならない。こんな“非常識”が存在できるのは、社会の寛容度がとても高いからである。そしてまた、デンマークの人々の心のどこかにも、クリスチャニアが持つ自由の精神が宿っているのだろう。

世界中の人々を魅了する、クリスチャニア。ジョン・レノンの名曲「Imagine」で夢想した世界は、地球の裏側で実現しつつあり、全世界に対してアンチテーゼを投げかけている。人生に疲れたら、窮屈な社会に嫌気が差したら、この地上最後の楽園まで足を伸ばしてみてはいかがだろうか。ほんの少しでも、未来に対してポジティブになれる気がするから。

EPOCH MAKERS

世界の片隅で異彩を放つ、デンマーク。この小さな北欧の国は、情報化がさらに進んだ未来の社会の一つのロールモデルになり得る。EPOCH MAKERSはその可能性を信じて、独自の視点から取材し発信するインタビューメディア。http://epmk.net/

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。